第18話 センスの差だね

 エレナさんと瑞樹さんが息を荒げて服をはだけた状態で倒れ伏している。これだけ見ると滅茶苦茶事後っぽいのだが、2人ともさっきまでマジで死にかけていたのだからシャレになっていない。

 結果的に、森の守護者であるエレナさんにも問題なく俺の風の権能を渡すことができた。自分の中の権能を切り崩して分け与えているのだから、俺の力は減るのかな……なんて考えていたが、信仰者となった人間が2人増えたことで分け与えた力以上に風の気配を強く感じるようになった。グリナドールとの戦いでようやくちょっとコツが掴めてきたぐらいだったのに……さらに強くなるとか勘弁してくれ。

 瑞樹さんも一緒になって倒れているのは、エレナさんが瑞樹さん以上に堪えて風の権能を与えられている姿を見て、自分もまだできると言ってきたからだ。

 権能を切り崩して分け与えている訳だが、大量に力を渡しすぎると絶対に死んでしまうことがわかっていたので、蟻を潰さないように掴んでいる感覚で……俺もかなり神経を擦り減らしていた。ただ、その甲斐はあったのだからよかった。


「た、試したいな……風の権能」

「無理しない方がいいですよ?」


 ただでさえさっきまで死にかけていたってのに、魔力とはまた違う桁違いの力である権能を試しに使ってみるなんて、マジでやめた方がいい。俺はぶっ倒れるぐらいで済んでたけど、エレナさんと瑞樹さんだとどうなるかもわからないんだから。


「いや、世界に時間が残されていないのかもしれないの、こんなところでへばっていられない……私はお前と共に戦うぞ」


 かっこいいことを言ったエレナさんは、そのまま立ち上がって魔力を解放した。

 目には見えないが、エレナさんの身体から吹き上がるような力を肌で感じることができる。これが魔力……やはり俺の使っている力とは全くの別物。グリナドールが使っていた隕石やビームなんかと同じ気配なので、あれはやはり魔法だったのだろう。

 しばらく目を閉じたまま集中していたエレナさんは、困惑したように目を開いた。


「……ただの魔力だな。全く権能なんて使えていないんだが?」

「確かに、全く使えてませんね」

「そんなに、魔力とは勝手が違うのか?」

「いや、俺は魔力使えないから知りませんけど」


 そう言えば、魔力と権能は全くの別物なんだから、エレナさんだっていきなり全開で使える訳じゃないよな。いつも自信満々って感じに魔法を使っているはずのエレナさんが、困惑した表情で力んだりよくわからない踊りのような動きを繰り返しているのを見ると、ちょっと笑える。


「エレナさん、手を出してください」

「ん?」


 俺の言葉に反応してゆっくりと手を差し出したエレナさん。その手を取り、風の権能を身体から引きずり出していく。しばらくすると、エレナさんの手がびくりと震えて、逃げようとしたので強く掴んで離さないようにする。


「つい、気持ちが逃げたくなるような……やはり権能なんて、人間が持つものではないな」

「でも、これでなんとなくわかったんじゃないですか?」


 エレナさんが権能を使えなかったのは魔力のように使おうとしていたからだと思う。権能はもっとこう……内側に存在するスイッチを押すような感覚なのだ。魔法の詳しい原理は知らないけど、権能は力を練った発動すると言うよりも、最初から存在しているものを使っているのだ。


「こ、こうか?」

「んー……多分?」


 少し離れたところで再び目を閉じて集中し始めたエレナさんの身体から、そよ風のようなものが漂ってきた。これが本当の風なのか、はたまた俺が分け与えた力によるものなのか判別はできないが、イメージすることが大切だからいいのだろう。


「あ、できましたよ」


 必死に頑張っているエレナさんと、なんとなくの感覚を伝えようと必死になっている俺の背後で、瑞樹さんはのほほんとした声でそう言った。エレナさんと共にばっと振り返ると、そこには風を使って空に浮く瑞樹さんの姿があった。

 振り向いた先で空中を浮遊していた瑞樹さんは、そのまま空中を自由自在に飛行している。あんなこと……俺、まだやったことないんだけど、できるんだ。いや、風の力なんだから空を浮くぐらいはできるのかもしれないけど、瑞樹さんはなんでそんなセンスがあるのかな?

 エレナさんと俺は、完全に目が点になってしまっているが……1人で空を飛ぶ瑞樹さんは物凄く楽しそうだ。


「ど、どうやってそんな簡単に……」

「え、どうでしょう……私は自分が好きなアニメの能力をそのまま再現しただけですけど」

「そう、なんですか……そういう発想はなかったな」

「あにめ?」


 よくよく見ると、瑞樹さんの足には風が渦巻いており、その力で浮いているようだ。そんなアニメあったかな、なんて俺は1人で考えていたのだが……背後でエレナさんに火が付いたことに気が付かなかった。


「ふ、ふふ……魔法使いの先達としての力、見せてやろう!」

「あ」


 さっきまでゆっくりと慎重に権能を扱おうとしていたエレナさんは、魔法のように権能を解放して……荒れ狂う暴風を引き出した。当然、制御できない暴風は敵味方など関係なく全てを巻き込んでいく。


「きゃっ!?」

「おっと」


 即座に自分も風を展開して、瑞樹さんを抱きしめて守ってやる。流石にあれだけの風に対応できるだけの力は、まだ瑞樹さんだって使えないはずだからな。

 エレナさんが発生させた暴風によって砂嵐が巻き起こっていたのだが……数秒で消えた。砂嵐が存在していた中心には、両膝をついて蹲っているエレナさんの姿があった。


「大丈夫ですか?」

「うっ……魔力が、無くなった時の、ようだ……」

「あー」


 多分、グリナドールがいた村まで行く間に俺が死にそうな顔になっていたのと同じ状況だな。単純に自分の内側から権能を引きずり出すのに慣れていないから、あんな砂嵐を起こして速攻で倒れそうになっている訳だ。

 なまじ魔法が使えるからこそ、瑞樹さんのように慎重な調整ができずに、エレナさんは自滅してしまっている。まぁ……エレナさんはしばらく、風の力のことは考えずに戦った方がマシかもしれないな。


 とにかく、これで瑞樹さんにも自衛の手段ができたも同然だ。それに……エレナさんと瑞樹さんが限定的に権能が使えるようになったと言うことは、神を前にして畏怖だけで動けなくなることがなくなった訳だから、凄い進歩だ。

 神々を殺すって言うのも……かなり現実味がでてきたんじゃないかな?


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