第17話 神の加護

「人間を、やめる?」

「何を言ってるんですか?」

「まぁ、本当に人間をやめることになるかはわかりませんが」


 あれはグリナドールが好きでそうしている場合もあるからな。


「神に対抗するために俺に足りないもの……それは、神としての権能を扱うことができる肉体と、神としての力を高める信仰者です」


 グリナドールやリリヴィアが何故あそこまで強いのか、それは創世神によって権能を扱うことを前提とした肉体を与えられているからと言うことの他にも、自らを信仰するものがいるという点が上げられる。


「神の力はそれを信仰する者がいることで更に強くなるのです」

「それが、人間をやめることに繋がるのか?」

「そうです……結論から言いますが、2人には俺の加護を受けた人間になって欲しいんです」


 または祝福とも言う。

 グリナドールがあんな辺鄙なら村にやってきたのは、あの村の人間はグリナドールの力によって姿を歪められて信仰者となっていたから。神の力を受ける者……即ち、加護や祝福と呼ばれる特別な人間を受けた者はその神にとって忠実な信仰者となる。

 人間をやめるかもしれないというのは、グリナドールの力を受けた者があんな青肌の怪物になっていたからだ。あれはグリナドールの趣味かもしれないし、もしかしたら神の権能を受けてそれに堪えるために身体が変化したのかもしれない。


「待て、私はリリヴィアの力を受けて生まれた森の守護者……他の神の力など受け取れるのか?」

「それはわかりませんが……エレナさんはあくまでも森の守護者として生まれただけで、リリヴィアから直接力を与えられた訳じゃないんですよね?」

「あぁ……リリヴィアに直接会い、力を授かることができるのは一部の者だけだからな」

「なら大丈夫だと思います」


 ちらっと瑞樹さんの方へと視線を向けると……全く怯えも恐怖もないような状態だった。さっきまでグリナドールの影響を受けて立つこともままならなかったはずでは?


「貴方の力になれると言うのなら、この身が怪物になろうとも大丈夫です。祐太郎さんを信じていますから」

「え」


 そ、そんなに?

 それは信仰かもしれないけど、狂信というか……滅茶苦茶怖いんだけど。


「じゃあ、俺も初めてだからどうなるかわからないけど……やってみるよ」

「はい!」


 瑞樹さんを実験台にするようで心が痛むけど……生き残るためだと割り切って……余計なことを考えてはダメだ!

 俺の中にある風の権能をイメージする。荒れ狂う暴風……全てを破壊する圧倒的な厄災としての格。それを分け与えるように少しずつ……少しずつ切り分けていく。


「あぐぅっ!?」


 欠片を瑞樹さんへ受け渡すと、その瞬間に瑞樹さんは聞いたこともないような苦痛の呻き声を上げながらふらつき始めた。すぐさまやめるべきかと考えたが、瑞樹さんは俺の手を握って続きを促してきた。

 多分、今は言葉を発することもできない状態なんだと思うが……それでも続けろと言わんばかりに手を握ってくる。

 力の破片……神に対抗する権能にしては余りにも弱すぎる力を分け与える度に、瑞樹さんは苦痛の声を上げるが、途中で辞めようとすると俺の手を強く握って自分の身体に引き寄せる。これ以上は無理だと俺もエレナさんも思っているのに、瑞樹さんは絶対に止まらない。


「ぐぎぃっ!? あ、が……ぐぅっ!?」

「これ以上はっ!」

「ま、だぁ、つづげぇっ!?」

「駄目だっ!」


 瑞樹さんはまだ続けるように促してきたが、俺は瑞樹さんの手を無理やり引き剥がしてから抱きしめる。神に対抗するために……そんな理由だけでこれ以上の苦痛を味わったら死んでしまう。

 抱きしめた瑞樹さんは荒い呼吸をしながらも生きている……呼吸が小さくなっていく様子もないし、脈拍も早いだけで正常に聞こえる。同時に……物凄く近くに自分よりも弱いが……確かに風の力を感じる。


「私……祐太郎さんの力、もらえましたか?」

「うん……大丈夫だよ」


 本当は力を分け与えたらすぐに使えるかどうかを確かめたかったけど、この状態でそんなことはさせられない。ちらりとエレナさんの方へと視線を向けると、こちらの意図を察したのか頷いてくれた。

 俺は瑞樹さんを背負い、エレナさんと共に歩き始めた。目指すのは……水が流れていそうな場所。人間が休憩するにはやはり水分が必須だし、瑞樹さんは俺の力を受けた反動で大量の汗を流している……余計に水分が必要だろう。


「こっちです」

「……どうしたわかる?」

「なんとなく……風が教えてくれるんです」


 エレナさんの不思議そうな顔には悪いけど、あんまり説明できる感覚ではない。ただ、俺の中に存在している風がそう言ってるから……としか言えない。

 グリナドールとの戦いは、俺の中に眠っていた権能の目を本格的に覚ませたのかもしれない。身体の中に渦巻く風に抗って利用するのではなく、その風の流れに身を任せる。そうすることで、俺は自分の風をコントロールすることができる。


「凄いな、本当に川があるぞ」

「あはは……俺も半信半疑でしたけどね」


 俺の感覚のまま数分間歩いていると、遠くに大きな川が見えた。これで瑞樹さんを休ませることができるし、エレナさんが望むのならば彼女にも風の加護を与えることができる。


「ん……まだ、私は、できます……」

「だとしても、もう少し休憩してからね」


 背負われていた瑞樹さんも話を聞いていたのか、まだできると言ってくれたが、流石にそう何度も連続で神の権能を受けて無事でいられるほど、人間の身体は頑丈にできていない。

 川の傍にやってきて、周囲に人がいないことを確認してから瑞樹さんを座らせてあげる。ちょっと苦痛に呻きながらも、瑞樹さんはゆっくりと移動して川の水を飲み始めた。


「ゼフィルス、私にも風の権能を与えてくれ」

「本当にやるんですか?」

「お前が言い出したんだろう」


 まぁ、そうなんだけども。でも、リリヴィアによって生み出された森の守護者と、異世界からやってきたただの一般人である瑞樹さんではそもそも身体の作りが違う訳だから、やっぱり不安なものは不安なんだ。


「安心しろ、死んでも恨んだりはしない」

「冗談でもやめてください」


 そんな縁起でもない……俺がなんのために創世神の思惑通りに動いていると思ってるんだ。全ては、エレナさんの為に考えてやっているんだから、滅多なことは言わないで欲しい。


「いきますよ」

「あぁ、やってくれ」

「抱き着く必要はないですぅっ!?」


 なんでそんな距離近いのー!?

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