第16話 神の取引
「はっ!?」
急速に遠ざかっていたはずの意識が、これまた急速に復活した。起き上がって周囲を見渡してみると、そこはリリヴィアの神域のように森が広がっている訳でもなく、グリナドールの支配領域のように夜空が広がっている訳でもなかった。
周囲はひたすらに荒野で……こんな場所はこの世界に来てから見たことがない。
「あ、エレナさん、瑞樹さん、大丈夫ですか!?」
「……んぁ?」
「んー……んぇ?」
2人は俺が意識を失っていた間も眠っていたようで、寝ぼけ眼で俺のことを見つめていた。美少女2人に急に見つめられると普通に照れるんだけど、そんなことよりもここがどこなのかを確かめないと。
「エレナさん、ここに見覚えありますか?」
「待て……まだ目が開かないし、腰も抜けてしまっている」
「わ、私も……まだ震えが止まりません」
エレナさんと瑞樹さんは、グリナドールの力に充てられていたせいで身体の震えが止まらない様子だ。これを見ると俺が気絶していたのもそんなに長い時間じゃなかったのかもしれない。
しばらく待っていたら、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながらエレナさんが立ち上がった。正直、無理なら無理で立ち上がらなくても大丈夫なんだけど……そこはプライドなのかな。
俺に言われた通りにキョロキョロと視線を泳がせていたエレナさんは、なにかに気が付いたのか指を差す。
「あれは、ブルガントじゃないか?」
「は?」
ブルガントって……戦争の神ガンディアが支配する騎士の国の? でも、それってリリヴィアの神域から飛び出した平原の近くになかった?
「ブルガントは大きい国だからな……私たちが前に見ていたのはリリヴィアの神域から北側……ブルガントの南方面を見ていた訳だが、ブルガントの北部は乾燥地帯になっていると聞いたことがある。だから、ここはブルガントの近くだと……思う!」
「自信ないですね」
「今できた」
無理に張り合わなくていいですから。
星々の神グリナドールとの戦いは実質的に、というか普通に俺たちの負けだ。神と戦ったのは初めてだが、まさかあれほど強いとは思わなかったな……俺の持っている風の権能も善戦はしていたが、操っている俺が未熟なことがあってあんな無様な戦い方になってしまった。
あんな強力な神、4柱を全て倒さなければならないんてなんて無理ゲーなんだと思うけど、実際にグリナドールには対抗できていたのだから、もしかしたら上手くいくかもしれないって希望はできた。後は……俺が権能を十全に扱えるようになるだけだ。
「戦争の神ガンディアってどんな神なんですか?」
「……創世神が生み出した神々の長兄にして、最強の神と呼ばれる軍神だ。司る権能は闘争……人間なら絶対に抗えない、グリナドールにも似た権能だな」
「闘争の権能」
それは人間を常に興奮状態にしたりするってことなのかな。そんなことしたら普通に過労死しちゃいそうだけど……そこは神様パワーでなんとかなるのかな。
「ガンディアは闘争の権能を持ってはいるが、純粋に武人として強い。権能の相性を考えずに4柱の神々を比べてしまうと、やはり圧倒的な武勇が存在しているガンディアが最強だと思うな」
「そうなんですか……」
余計に勝ち目無くないか?
だって俺がグリナドールとの戦いにある程度拮抗できていたのって、彼女が隕石とかビームとかそういう魔法みたいなことばかりしてきたからであって、純粋に膂力で押してくる相手に勝てる気がしない。
俺は創世神から風の権能を与えられはいるが、武術に関してはマジのド素人。瑞樹さんと遜色ないレベルの攻撃しかすることができないと思うから……やっぱり勝てそうにないな。
「ただ、ガンディアは必ず1対1はしたがらないとも聞いた。戦争の神だからなのか、ガンディアは必ず争いに不確定要素を入れたがるのだとか……私から言わせればかなり傲慢な考えだと思うが」
まぁ、俺に勝てる奴なんていないんだから俺は縛りプレイで楽しむぜって言ってるだけだからな……そこら辺は普通に傲慢だと思う。ただ、それだけの自信があるのだろう……絶対の力を持っているからこその慢心。グリナドールと戦ったからこそわかる、神々の持つ力の大きさ。まぁ、慢心しない方がおかしいのかもしれない。
「ブルガントに向かうのか?」
「……さっきボロクソに負けたばっかりなんですけどね」
「でも、祐太郎さんは私たちを庇っていたからであって……」
「いえ、そんなこと関係なしにボロクソでしたよ……はっきり言って、勝負になってすらいなかったような」
「それほどまでの力の差は感じなかったがな」
蟻が上で殴り合っている人間のスケールを理解できないのと同じように、権能と権能のぶつかり合いを、人間では理解できないんだろう。
ふぅ……さっきからずっとマイナスなことばかり考えているが、実はいいことがなかった訳ではない。グリナドールとの戦いから、1つのヒントは得ていた。ただしそれは、かなりの危険が伴いものだと思うし……なによりエレナさんと瑞樹さんに対して、非情にならなければできないことだと思う。
「ゼフィルス?」
あぁ……でも、世界が終わりを迎えてしまえばどちらにせよ、権能を持っていようが持っていなかろうが滅びるのが定められた未来。ならば……神らしく非情で大局だけを見極めて人間を動かした方がいいのかもしれない。
俺も権能を持ってしまったから、少しずつ考えが傲慢なものへと変わって言っている自覚はあるが……それでも、世界が滅びるよりはマシだ。
「……神に対抗する手段はあります。ただ、それには瑞樹さんとエレナさんの協力が必要です」
「協力……勿論、私はなんだってしよう。お前と共に神を討つと誓った身だ」
「私も、貴方に救われた命……今更惜しむことはありません」
そこまで、慕ってくれなくてもいいのになぁ……俺は所詮、社会の歯車として生きてきた小さな人間だ。できることなんてたかが知れていると言うのに……いや、卑下し続けるのは俺を信じてくれたエレナさんと瑞樹さんに失礼か。なら……神らしくいこう。
「エレナさん、瑞樹さん……人間をやめる覚悟はありますか?」
悪魔の取引のようなことを言っている自覚はあるが、これでも俺は権能を持っている人間だ。神様みたいに、ちょっと理不尽な振る舞いをしてみるのもいいかもしれない。
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