第15話 神の戦い

 星々の神グリナドールが放った隕石群は、俺の風によって弾き飛ばされていく。

 今更気が付いたが、グリナドールが現れたことによって世界が昼から一気に夜に変わっている。そして、この世界に来てから見ていた星空と少しだけ様子が違う。


「星々の力、思い知るがいいわ!」

「ちょっ!?」


 グリナドールの青い瞳が光ると同時に、夜空の星が輝きを増して……地上に向かってレーザビームが放たれた。隕石から身を守るために俺を覆っていた渦巻く風に当たると、火花を散らしながらこちらを押してくる。

 このまま風の中に引きこもっているだけだと、手数で圧倒されてしまう。


「くそったれ!」

「っ!」


 周囲に展開していた渦巻く風を一気に広げながら威力を高めていく。隕石を弾くだけだった風の渦は、次第に隕石を受け止めるようになり、竜巻となって巻き上げるようになり……最終的に粉々に破壊するようになった。それでも、星から放たれるビームとは拮抗している状態だが、グリナドールが近くにいてくれたおかげで、なんとかなる。


「捉えたっ!」

「ぐっ!?」


 俺の周囲を渦巻く風は俺の内側から生じた権能。風に触れたものは俺にも感覚的に把握できる。強く渦巻く竜巻がグリナドールを掠めた瞬間に、手を伸ばすような感覚でグリナドールを引き寄せる。

 不可視の手に掴まれたグリナドールは、自分に触れた存在に驚いたのか目を見開いていたが、すぐに怒りの表情へと変わってさっきまでの小さな隕石ではなく、村をまとめて消し飛ばすぐらいの大きさのある隕石を落してきた。


 風とは、あらゆるものを運ぶことができる力。

 腕の中にいるエレナさんと瑞樹さんの無事を確認しながら、少し離れた場所にいるグリナドールに視線を向ける。


「空間移動……いえ、どちらかと言えば高速移動かしら」

「不味いな……エレナさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、だ」

「はっ、はっ、はっ」

「瑞樹さん、ゆっくりと落ち着いて呼吸してください」


 グリナドールの力を直に感じ取っていることで、エレナさんと瑞樹さんは呼吸が浅く満足に動くことすらできなくなっている。多分……エレナさんも本気の神を前にするのは初めてなんだと思う。多少は強がっているが、剣を握ることもできずにひたすらに自分の身体を抱きしめるように縮こまっている。抵抗すること自体が無駄だと、感じているのだろう。


「貴方のせいで、集落が1つ滅んでしまったわ」

「消し飛ばしたのはお前だろ」

「貴方が竜巻で吹き飛ばしたんじゃない……信仰心こそ私たちの力。この集落1つだって私の力の源だと言うのに……やっぱり殺すわね」

「やってみろ!」


 権能の熟練度には圧倒的な差が存在しているが、権能としての強さは同じぐらいだ。後は……俺がグロッキーになって動けなくなる前に、なんとかしてグリナドールを倒すか、隙を見て権能を使って逃げる。


「運命は織物のようなもの。1本の糸を使って紡ぐ巨大な織物……そして、私はその織物を上から眺め、糸を使って運命を紡ぐもの……貴方はそれを邪魔する、運命から外れた虫」

「さっきから言ってるだろ、潰してみろよ」

「挑発が下手ね。わかっているはずよ……貴方がこのままでは敗北することしかできないということを」


 流石に、気が付かれているか。

 グリナドールを前にして、俺は常に消耗し続けている。それはエレナさんと瑞樹さんをグリナドールの能力から守っているから、ではなく……俺自身を守り続けているからだ。


「権能を持つ者の運命は確かに操ることはできないけれど、貴方は違う。来訪者として創世神に紐づけられた運命、放置されている場外の糸くず……貴方の権能は所詮、借り物でしかないのよ」


 考えなかった訳ではない。

 グリナドールのように、最初からそうあるべしとして権能を与えられた神々に対して、俺は急に異世界に連れてこられただけの人間だ。創世神にもっと時間が残っていれば、俺はその権能に見合った存在へと作り変えてもらっていたのかもしれないが、そういうことができるほどに世界に余裕はなかった。

 俺の身体は、不完全だ。不完全な身体で行使する権能、それでグリナドールの権能に対抗するには、常に気を張っていなければならないが……不完全な身体で権能を行使し続けることは、自らの身体を虐め続けることに他ならない。


「私から攻撃することなく、貴方は権能の力によって自滅する。その後に……ゆっくり殺せばいい」


 全くその通りだ。


「はは……なら、先に俺がやろうか」

「なっ!?」


 ただし、それは俺が何もしなければという前提で成り立っている。

 俺の肉体は権能扱うには確かに不完全だが……創世神から与えられた権能は不完全なものではない。つまり、俺の権能は充分にグリナドールの持つ権能に対抗することができる。自分の身体だけが問題ならば……俺が我慢すれば問題ない!

 掌を地面と水平に合わせて狙いをつける。狙うのは……グリナドールの首!

 合わせた掌から薄く放たれた風の刃は、グリナドールが反応する前にその肉体を切り裂いた。しかし──


「浅いかっ!」

「ぐぅっ!? おの、れ!」


 狙いも少し外れていたのか、グリナドールの首ではなく右腕が切断されていた。腕を切断できたならそれでいいかとちょっと思ったのだが、次の瞬間にはなにかに動かされるようにして腕が戻っていき……普通にくっついた。

 神様って、普通に死ぬって聞いたんだけど?


「私の身体を傷つけるとは……殺してやる!」


 さっきまでとは違い、明らかにこちらに向けられる圧力が桁違いになった。

 グリナドールがこちらに手を向けると、再び空から隕石が降ってくる。しかしその大きさと数は……人間の都市を容易く破壊するであろう規模。


「ここは、逃げるしかないかっ!?」

「逃すと思っているの? 今更私の権能から逃れられると、本気で思っているのかっ!」


 風の能力を使って安全な場所まで逃げようと思ったが、なにかに干渉されるようにして集中力を妨害される。これは……多分グリナドールの運命の権能がこちらに干渉しようとしてきている。しかし、俺の権能は流浪の風! たとえ運命であろうとも、触れることはできない!

 目の前が真っ白になるのと同時に、爆発音が一気に遠ざかっていく。運命の権能から逃れる為に風の権能をフルパワーで使ったからか、急速に意識が落ちていく感覚がした。

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