第10話 同郷を助けた

「信じられないな……まさかあの状況から人助けに走るとは」

「ご、ごめんなさい」


 でも、普通に見逃すことなんてできないというか……俺としては、やっぱり困っている人がいて助けられるのに見逃すなんて人間としてどうかと思って言うか。


「そもそも、その女が往来で誘拐されて誰もが無視しているのは、この世界ではそれが常識だからだ」

「そ、そんなこと……なんで彼女は」

「よく見てみろ、その女の顔を」

「え?」


 そう言われて、地面に座り込んでいる少女の顔を見ると……すぐに納得できた。


「来訪者?」

「な、なんですか?」

「そうだ。この女はどう見ても来訪者……つまり、世界の歪みによってこの世界に飛ばされてきた女だ」


 そ、そういうことか……人攫い横行しているのかと思ったけど、来訪者だから何をされようが基本的に無視されているだけで、滅茶苦茶治安が悪い訳ではないのか。来訪者ってだけでここまで差別されるなんてかわいそうだけど……しょうがない、のか?

 少女のことをよくよく観察してみると……俺と同じような黒髪で、日本人っぽい顔立ちをしている。来訪者と言っても、全員が俺と同じ世界から来ている訳ではないそうだが……似ている世界から来たのかもしれないな。


「大丈夫?」

「あ、貴方も……突然この場所にやってきたんですか?」

「え、あー……うん、そうなんだ」

「よかったっ!」

「うぇっ!?」


 なんか急に抱き着かれたんだけど!?


「いきなりよくわからない場所に飛ばされて……歩いていたら急に人に襲われそうになって、街まで逃げてきたら攫われそうになって……死ぬかと思ったんです」

「あー……」


 俺も、エレナさんと出会わずにこの街の近くに飛ばされていたらそうなっていたのかな?

 俺は創世神によって飛ばされてきたらしいけど、彼女は普通に世界の歪みに巻き込まれたのかな。俺と同じように、創世神によって選ばれた人って他にいないのか?


「とにかく落ち着け……私とこいつはお前を傷つけたりはしない」

「あ、ありがとうございます」

「お前、名前は?」

五百雀いおじゃく瑞樹みずきと言います」

「い、いお?」

「……なんて?」


 ごめん、俺も全く漢字が思い浮かばなかった。「いおじゃく」ってどういう漢字だよ……本当に同じ日本人か? もしかして別の時空の日本から来たんじゃないか……いや、そもそもその確率の方が高いんだっけ。


「み、瑞樹さんでいい?」

「はい、大丈夫です……苗字が読みづらいと言うのは、生まれてからずっとなので」


 おぉ……ちゃんと読みづらい漢字だったらしい。


「あ、五百雀いおじゃくはこうやって書きますよ」


 地面に漢字で書いてくれたけど、漢字そのものは結構簡単なんだな。

 五百雀……五百雀ね、覚えたけどすぐに忘れそうだな。


「全く読めないんだが?」

「貴方のお名前は?」

「あ、俺は西風にしかぜ祐太郎ゆうたろうです」

「西風祐太郎さん……よかった、ちゃんと日本人ですね」


 あはは……心配するのはそこなんだ。


「私はエレナ……エレナ・ハナマスだ」


 あ、リヴィアを抜いた。

 まぁ……もうリリヴィアの神域を守護する森の守護者ではない訳だから、名前は捨てちゃってもいいのか。


「こいつの名前はゼフィルス・ユータウロだ」

「あー……横文字じゃないと伝わらないの」

「そうなんですね」


 そこら辺はなんでなんだろうか。

 そう言えば、さっきまで全く気にしてなかったんだけど……街中に存在している看板、全部読めるんだよな。どう見ても日本語じゃない言語で書かれているのに、頭にそのまま情報が入ってくると言うか……でも、瑞樹さんが書いた「五百雀」って文字は普通に漢字だったし、よくわからん。

 ついでに言うと、日本語名は通じないのにカタカナ系の言葉が通じないのも意味がわからん。なんか……創世神のせいで自動翻訳機能でもついてるのかな?


「横文字で名前を考えた方がいいんですね!」

「……テンション高くない?」


 なんで?


「かわいいお姫様みたいな名前にしましょうか……それとも、かっこいい騎士様みたいな! 貴方はどう思いますか、祐太郎さん!」

「えー……多分、君は戦えないと思うけど」

「え」


 ちらっとエレナさんの方に視線を向けたら、当然だろうみたいな感じで頷かれた。


「来訪者は魔力を身体に持たないのだから魔法は使えないし、来訪者は身体能力もたかが知れている……武器を持って振り回しても基本的に役に立たんからな。そうなると弓矢を放つぐらいしかないのだが……その程度なら別にそこら辺の人間でもできる。闇に干渉されにくいぐらいしか、取柄がないな」

「えぇー!? で、でもさっき祐太郎さんは普通に魔法? みたいなの使ってたじゃないですか!」

「あれは権能だ」


 いや、権能と魔法の違いはよくわかってないです。


「いいか? ゼフィルスは創世神から直接力を与えられた選ばれた人間だ。来訪者として魔力を持たない代わりに、神々の特権であるはずの権能を持っている。使いこなせれば私など相手にもならないはずだ」

「そ、創世神? 権能? 特権?」


 そうだよね……いきなり言われてもわかんないよね。


「お前も創世神から何かしらの権能を与えられているのであれば、役には立つが……魔力と違って見ただけではわからないからな」

「あ、そうなんですね」

「あぁ……いや、ゼフィルスの権能は見ればわかるが」


 そうなの?


「だが、それも一度意識的に権能を発動してからだ。今のゼフィルスには見えない風のようなものが渦巻いているが……お前には全く何も見えない。よって無理だ」

「そ、そんなぁ……私、結構そういう小説とか好きだったのにぃ……」


 あ、やっぱりそう思うよね。

 異世界に転移したのに魔法が使えないとか、マジで落ち込むよね。


「さ、いくぞゼフィルス」

「え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 瑞樹さんはどうするんですか!?」

「知らん。正直に言って、来訪者を連れて歩くなんて面倒なことにしかならないぞ。助けたい気持ちも理解できるが……お前は神を殺すのだろう?」


 な、なんて酷い。

 でも、エレナさんの言っていることも正論だ。これから勝てるかどうかもわからない神と戦うって言ってるのに、魔法も使えない無力な人間を連れていくなんてできる訳がない。ただ……ここに瑞樹さんを置いていったら、きっとさっきみたいな人攫いがやってきて運が良くて奴隷に、運が悪ければその場で……殺される。


「同郷の人間を見捨てることなんてできません!」

「はぁ……あのな、時間がないかもしれないんだぞ?」

「だとしても、です」


 俺はエレナさんが生きている世界を守るために戦うと決めた。でも、彼女を見捨てのも俺はしたくない。


「…………わかった。だが、この女を連れていくならしばらくはリリヴィアとは戦えないな」

「すいません」


 そう、か……そうだよな。

 保護したのに、危険な場所に連れていける訳がないから。

 取り敢えず……彼女がこの世界で生きるための服を用意しよう。

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