第8話 森の守護者ってすごい

「いらっしゃい……あー、仕事を探してるって感じか?」


 街中でおばあさんに教えてもらった協会の建物に入り、受付っぽいおっさんの近くまで行ったら、ちょっと言い淀みながらもこちらの事情を察してくれた。外套で顔を隠す男と、滅茶苦茶美人な女の組み合わせとか碌な想像できないんだけど……多分、この世界にはそういう人が多いんだろうな。

 こういう協会みたいな場所って滅茶苦茶治安が悪いイメージで、エレナさんみたいな美人さんと一緒に歩いていたら絡まれたりするんじゃないかと思ったが、全然そんなことなかった。いや、堅気じゃないだろって感じの厳つい顔をした男とか、ちょっと細身でも顔面に傷があったり、女性でもどう見ても弱くなさそうな人ばかりなので、治安がいいようには見えないけどな。でも、建物内で騒いでる奴はそう多くないし、みんな決まった最低限のルールは守ってますって感じ。いや、やっぱりその考え方も堅気じゃないよね、シマのルールだよね守ってるの。


「腕に自信は?」

「ある。だが、なるべくこの街から近いもので、割高なものに限定してくれ。先を急いでいるからな」

「ふぅん……」


 やっべぇよこのおっさん。今、明らかにこっちのこと値踏みするような視線を向けてきたよな……このおっさんも絶対に堅気じゃないわ。それか、そもそも俺がこの世界の堅気を堅気じゃないと判断しているだけかもしれない。


「確かに、男の方はわからんが……アンタは腕が立ちそうだな」

「見ただけでわかるものなんですか?」

「ゼフィルス、今は黙っていろ」


 はい。


「見たところアンタ……いや、ここで相手のことを聞くのは野暮ってもんか。わかった……この近くで割高ってなると、かなりの難易度になるが……死んでも文句は聞かねぇからな」

「それでいい。恨み事なら生きて言ってやる」

「はっ……惜しい人材だな」


 なんか今のやり取り……すごい楽しそう。俺もそういうハードボイルドみたいなこと言ってみたいな……無理かな。


「ほらよ。リリヴィアの神域近くに、面倒な奴が現れた。それを退治してこいって……この街のお偉いさんからの依頼さ」

「報酬は?」

「割高だぜ……薬草採取に比べたらな」

「……まぁ、必要最低限な額ではある。これでいい」

「へいへい」


 薬草採取に比べたら割高って……街の偉い人が依頼してきているのに、面倒な敵を倒して来いって安い金で行ってるってこと? それで、誰も討伐しに行かないから放置されているって……結構腐ってるな。

 ここは、冒険者協会、みたいな名前だったりするのかな。厳ついおっさんたちはみんな冒険者、みたいな……エレナさんの知識って森の守護者に偏ってるから、この世界に住んでいる人間の常識とか全然わからないんだよな。


「行くぞ」

「あ、はい」


 エレナさんは薬草採取に比べたら割高って依頼を速攻で受けたけど……多分、俺の服を買うための最低限度の額が報酬に書いてあったんだろうな。ちょっと……頭が上がらないや。



 ずんずんと神域の方へと歩いていくエレナさんの後ろを追いかけながら、俺は外套から顔を出した。街から出て、神域に近づけば近づくほどに人がいなくなるから、外して問題ないだろうと思って。


「依頼の厄介な相手ってなんなんですかね」

「異形の存在……闇が生み出した魔物だな」


 え。


「この世界に住んでいる生物にとってなによりも恐ろしく、なによりも面倒くさい存在さ……恐らく、神域近くに居座っているのは、中にいるリリヴィアの権能を狙ってのことだろう。闇は神を狙うらしいからな」

「そ、そうなんですか……」


 い、いきなり闇を相手にするのかぁ……来訪者である俺は影響を受けないらしいけど、エレナさんはそんな相手と相対して大丈夫なのかな。


「心配って顔をしているが、よっぽどの大物が相手でもない限り、私は闇の魔物如きに遅れはとらないぞ。これでも森の守護者だからな」

「そうですか……闇の魔物が神域の中に入らないのは何故?」

「入った瞬間に、リリヴィアに消し飛ばされるからだろうな。権能を狙っていると言うが、所詮はその程度の力関係だ」


 そんな「飛んで火にいる夏の虫」みたいな……憐れな感じなんだ。

 しばらくエレナさんの後ろを黙って歩いていたら、突然エレナさんが俺の身体を持ち上げて飛んだ。


「うわっ!?」

「……こんな近くまで来ていたのに気が付かないとは」


 もしかして、俺また守られる役ですか?

 エレナさんが着地するのと同時に、腰の剣を抜いて構えていたので、慌ててそちらに視線を向けたら……世界のバグを見つけてしまった。


「え? あれですか?」

「そうだ」


 そこには本当にゲームのバグみたいな感じで、真っ黒に塗りつぶされたなにかがあった。光を一切反射しないのか、マジで俺が想像する黒色とは全く違う黒。生命の神リリヴィアと出会った時のような恐怖は感じない……だが、なにか脳を掠める不快感と言うか……とにかく直視するのが気持ち悪い生物かどうかもわからないモンスター。確かに……あれは世界に存在してはいけない生物だ。


「どうやって倒すんですか?」

「単純に魔力をぶつける。あんな気色の悪い奴でも、身体はしっかりと魔力で構成されている魔物でしかないからな」


 あ、倒せはするんだ。

 そう言えば……エレナさんとは数日間共に行動しているけど、戦っている姿は一切見たことがないな。集落で戦いになった時は、俺が間に入ったから直接的ななにかは起きていなかったし、それから魔物なんかには一切あっていなかったから。

 森の守護者はつまり、エルフな訳なんだから……きっと綺麗でかっこいい魔法を使うんだろうな。


「消えろ」


 エレナさんが一言呟き、緑の髪がふわりと浮かび上がるのと同時に剣を突き出した。闇の魔物は耳に残るような不協和音を発しながら膨らみ……弾けた。


「は?」

「終わったな」


 え? もしかして今の、エレナさんがやったの?

 もっとこう……炎がばーんとか、雷ずどーんみたいな感じではなくて? 今のは内側から弾け飛んだように見えたんだけど、気のせいですかね。


「どうした、そんなキョトンとした顔で……もしかして、もっと苦戦すると思っていたのか?」

「まぁ……だって創世神が封印した闇の魔物ですよ?」

「あんな大きさの魔物は大した脅威じゃない……少なくとも、生命の神リリヴィアに直接作られた我々森の守護者からすればな」


 森の守護者ってすげぇ!

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