第6話 神を殺したい

 風の権能、と言葉で表してしまえばとても短く、滅茶苦茶簡単に扱えそうな気もするのだが……なんとも制御するのが難しい。風の力なのだからまずは「そよ風」でも出そうと思ったら俺を中心にして、エレナさんが目も開けられずに吹き飛ばされそうになるぐらいの突風が吹き荒れた。これにはエレナさんも苦笑いを浮かべることもできずに、ちょっと引いていた。


「とにかく、ゼフィルスの権能は余りにも強力すぎるな……正直に言って、人間が制御できるものじゃない。神の権能とは言え……ここまで小回りが利かないの力だとは思わなかった」

「ですね」


 そうなんだよな……俺の権能は滅茶苦茶強力で、今の時点で思い切り使えばエレナさんを簡単に倒すこともできる、と本人からお墨付きを貰っている。素人である俺が、エレナさんを簡単に倒すことができる……これはこの世界の魔法からしてみれば前代未聞だ。

 エレナさんが言うには、この世界の魔法は才能によって伸び幅や初期値は違っても、基本的には修練すればするほどに真っ直ぐ伸びていくらしい。よくある成長曲線とか、そういう感じではなくて、本当に比例グラフのように真っ直ぐ伸びるようだ。つまり、後から魔法を覚えた人間が先に覚えた人間に追いつくには、単純に倍ぐらい努力しないといけない訳だ。なのに……覚えたての時点で俺はエレナさんを越している。


「まぁ……だからこそ、神々は人間を支配して都市を発展させる、なんて回りくどいことをしているのかもしれないが」


 そこなんだ。

 俺の権能は確かに滅茶苦茶強力だろう。多分、エレナさんの指導を受けながら少し修練すれば、俺はこの世界で生きている人間の全員に勝てるぐらいの力が手に入るだろう。ただし、俺が相手をしなければならないのは、俺と同じように権能を司る神々なのだ。


「うー……エレナさんの言う魔法の強さが本当にそうなら、神々の権能だって似たようなもんだよな……」

「そこはわからないが……もしそうだとしたら、創世神は馬鹿なことをするものだな」


 そうだなー……そこは同意しちゃうかも。

 人間の寿命で考えて、10年や20年だったら滅茶苦茶頑張れば数年で追いつけるかもしれないが、神々はそれこそ数万年を生きているらしいから……追いつくのは不可能だ。


「やはり、風の権能が与えられたこと……それ自体が神々に対抗する謎を握っている気がする」

「うーん……そうだといいんですけど」


 集落に住んでいたあの男の発言が全て真実であるとするならば、創世神は俺に力を託しながら消滅してしまったことになる。助言なんかもする時間もなく、ギリギリでの召喚だったのだとしたら……創世神もきっと俺を呼び込んだのは苦肉の策だったのだろう。


「風の権能はこれからしっかりと磨いていくとして……まずはどの神を落す? 私として……やはり生命の神リリヴィアがおすすめだぞ。私が色々と知っているからな」


 なーんでエレナさんはあんなに乗り気なのだろうか。


「ん? どうした?」

「いえ……いいんですか? リリヴィアはエレナさんにとって……」

「親のような存在、か? それは違うぞ」


 そうなの?


「確かに、森の守護者は生命の神リリヴィアが生み出す存在ではあるが……私にとっての親はハナマスの家だ」

「ハナマス……」

「ん? あぁ……私のエレナ・リヴィア・ハナマスという名前は「リリヴィアの神域に住まうハナマス家のエレナ」という意味でな。ハナマスは私の両親の姓だ」


 あ、ちゃんと姓名の違いがあるんだ。


「神リリヴィアは私にとって、ただの神でしかない……追放された今となっては、ちょっとムカつく神だな」

「……良くも悪くも若いからですね」

「そうとも言うな」


 そりゃあ……人間だって生まれて数年ぐらいの時に、神様に対して感謝する人は少ないと思う。


「だが、私はおかげで神々がなにをしているのか知った。世界が崩壊しかけているなんて世迷言を、と年長の同胞なら笑うだろうが……そもそも来訪者が次元の境目を通ってこの世界に落ちてきたり、創世神が封じたはずの闇が溢れ出している時点でおかしかったのだ」

「闇……」


 そうだ。この世界には好き勝手にやっている神々と同じぐらいに面倒くさそうな『闇』とかいうのがいたんだった。神々の権能だけ回収して、闇を放置したら……多分、世界は崩壊するんだろうな。

 うーむ……やることが多い。


「まずは生命の神リリヴィアの持つ『命』の権能を簒奪しよう。その後のことは、それから考えればいい」

「簒奪しようって……簡単に言いますけど、中々難しいんじゃないですか?」

「何故だ?」


 何故って……権能の研鑽している年月の差が露骨に出たら、マジで勝てないと思うし……それに、実際に生命の神リリヴィアと一度相対したことがあるから、余計に勝てる訳がないと思ってしまう。


「……お前が最初に出会っていた神が、星々の神グリナドールだったら確かに無理だったかもしれないな。かの女神が持つと言う『運命』の権能は、お前の未成熟な『風』の権能では太刀打ちできないかもしれない」

「運命……それはすごい、漠然としてますね」

「そこはいい。私は知っているぞ……お前は無意識に権能を発動し、生命の神リリヴィアから一度逃げ出している。つまり、あのリリヴィアにとってお前の権能は想定外のものだったはずだ」

「た、確かに」


 そう言われれば……あの時、リリヴィアは俺とエレナさんのことを完全に殺しに来ていたけど、仕留め切れていなかったわけだからな。


「まぁ、ただの推測なんだが」


 全部台無しだよ!


「とにかく、こんな所でずっと権能の研鑽などしていても、神々に勝てるとは思えん」

「それは同意しますけど」

「神々が万能でないのだとしたら、できることなど幾らでもあるはずだ」


 え、そんなこと言われても……俺はただの社畜だっただけの人間だからな。


「奇襲だ。如何に神と言えど、四六時中警戒している訳ではないはずだ……寝込みを襲うようなものだな」

「奇襲……上手くいきますか?」

「いかなかったら、逃げる」


 わー、単純。


「勿論、今すぐ行ってそのまま寝首を掻いて速攻で権能を簒奪できるとは思っていないぞ? 色々と準備が必要だろうな……神を殺すには」


 神を……殺す。

 なんか、物凄いかっこいい響きだな!

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