第4話 狂った世界だ

「そんな世界を救うためにやってくるのが、創世神の使者様なのです。神の権能を授かり、地上で好き勝手している4柱の神々から権能を徴収し、世界の崩壊を食い止める……それが、貴方様の役割なのです」

「え、神々から権能を徴収って……」


 それって、神々を殺せって言ってるのと同じなんじゃないかな?


「馬鹿らしい……そんなことを創世神とやらが本当に画策しているとでも? ゼフィルス、とんだ馬鹿話に付き合わされたな……さっさと出ていくぞ」

「何故、馬鹿らしいと?」

「決まっている。創世神がそんな力を持っているのなら、来訪者を送り込むなんて遠回りなことをせずに、最初から自分で神々をなんとかすればいい。そんなことをしていないということは、創世神がこの世界にはいないことの証明だ」

「いませんよ。創世神は使者様を送り込んだ時に、消滅してしまったのですから」


 は?


「え? 創世神が消滅って……それは、世界がヤバいのでは?」

「はい、やばいです。創世神がまだこの世界に存在していた時は、世界が消滅する危機で済んでいましたが……創世神が消えた今、この世界はいつ消滅してもおかしくないのです」


 マジかよ……世界の消滅とか一切理解できない概念だけど、世界が滅びるって普通に考えてやばいよな。


「ですから、貴方様がここにいるのです」


 えー……なんで俺?

 そんな世界の危機を救ってください、みたいな重要な役割を期待されている人間がいることは理解した。そして、説明してくれていないけど、神々が来訪者のことを疎ましく思っていて、迫害したり処刑しているのは自らの権能が奪われることを恐れているからってのも、理解した。

 でもさ……なんで俺なの? そういう世界を救うとか大層な使命を帯びた人間は、俺みたいな一般人でビビりでなんの取柄もない人間じゃなくて、もっと普段から鍛えていて、精神性も素晴らしくできた聖人みたいな人じゃないと駄目じゃない?

 なんで……なんで俺がこんなことに巻き込まれているんだ? こんなの……俺が世界を救えなかったら、この世界ごと俺は死ぬのか?


「困惑されているようですね。無理もありません……平和に暮らしていたのに、いきなり何故と思われるでしょう。しかし、それが創世神の与えた貴方様の使命なのです。是非とも……この世界のために立ち上がってください」

「あ……な、なんとか、やってみま、す……」

「おぉ! ありがとうございます! これでこの世界は救われます!」


 馬鹿だ……そんなこと、俺みたいな平凡な人間にできる訳がないのに。


「…………ゼフィルス、行くぞ」

「え? うわっ!?」

「使者様を、どこに連れていくつもりですか?」

「知らん。ただ、お前らのいないところだ」


 え、エレナさん?


「困りますね。使者様は自らの使命を自覚し、これからこの世界の為に戦ってくださるというのに……貴女のような神の操り人形が、使者様を勝手にどこかに連れて行こうなんて」

「そうだ……使者様は世界をお救いになってくださるのだぞ」

「世界を危機に晒す神々の人形が!」

「やはり、使者様だけ生かしてこの女は殺しておくべきだった!」

「いつの間に……囲まれているな」


 こ、怖い……この村に住んでいる人はみんな来訪者とその子孫であると聞いたのに、みんな目がギラギラとしていて……余所者は絶対に許さないと、目が言っている。なんだか……おかしな場所だ。


「ゼフィルス、しっかり掴まっていろ」

「うわぁぁぁぁっ!?」

「しまった使者様がっ!?」

「追え! 絶対に逃がすな!」


 エレナさんに腕を掴まれたと思ったら、そのまま無理やり引っ張っていかれた。必死になってエレナさんの背中に抱き着くと、一瞬で景色が変わった。


「な、なんですかこれっ!?」

「耳元で騒ぐな。ただ飛んだだけだ」


 飛んだって……足で跳躍しただけでこんな高さまでくるのか!? どうみたって地上まで数十メートルぐらいあるぞ!?


「ひぃぃぃぃぃ!?」

「あまり叫んでばかりいると、舌を噛むぞ!」


 だってマジで怖いんだって!?

 なんで逆にエレナさんはこんな高い場所で平然としてられるの!?



 数分後に、エレナさんは山岳地帯の平らな場所に降り立った。既に何度も死ぬかと思ったが……命はあるみたいだ。


「なんで……あの村から逃げたんですか?」


 色々と聞きたいことはあるけれど……まずはエレナさんにそこを聞かなければいけない。

 あの村の人たちは確かに怖かった。でも、世界が滅びかけていて、その修復が俺にしかできないというのなら、やるしかない。神々を説得するのか、それとも弑逆してその権能を簒奪しなければならないのかはわからないが……俺は創世神とやらに与えられた使命を、果たさなければ。


「……最初にお前の顔を見た時、こいつは随分と平和なところで生きていたんだなと思った。あまりにも平和ボケした顔に、見るもの全てに興味を惹かれているような赤子みたいだと思った」


 え、そんな風に思われていたんですか。


「あの村に行って、馬鹿話を聞かされている間にお前の顔がどんどんと青くなっていくのが見えていた。きっと、あいつらの言っていた話を本当に信じて、それが自分のやらなければならないことだと思いながらも、どこかでやりたくないと思ったんだろうと、私は思った」

「……それでも、世界が滅びるぐらいなら」

「いいじゃないか? 滅びても」

「え?」


 エレナさんは何を言っているんだ?

 世界が滅びるんだぞ? 生まれてきた故郷も、信仰していた神も、自分を育ててくれた親も、共に育った仲間も、生きてきた地表も、憧れを持った空も、全てが消えるんだ。


「お前には関係のないことだろう? この世界はお前の故郷じゃないし、お前の仲間だっていない……そんな場所の為に、いきなりやってきて命を懸けろと言われて……私だったら絶対にやらない」


 それは……でも、やらないと今はこの世界にいる俺だって死ぬかもしれないのに。


「……お前は不思議な奴だな。私がお前だったら怖くて震えて眠れないし、絶対に命を懸けるなんてこともしたくないと逃げていただろう。なのに……お前はその使命とやらからも逃げたくないと見える」

「俺だって……怖いですよ。なんで俺みたいな何の取柄もない人間がそんなことをしなくちゃならないんだとか、ずっと思ってますよ」


 でも……それでも俺は、なんとなく諦めたくないと思った。


「この世界に来てから、生命の神様からは殺されかけるし、集落に行ったらよくわからない宗教の使者みたいな扱いをされるし、マジで意味わかんないですよ。好きな所なんて殆どないですよ、こんな世界……それでも、エレナさんが生きてきた世界だから」

「は?」


 うぅ……滅茶苦茶恥ずかしいけど、俺が戦う理由はそれしかない。


「美人で助けてくれて、今も俺を気遣ってくれるエレナさんが生まれて育ってきた世界だから、守りたいって思いました……マジで、自分でも馬鹿だと思います」

「あぁ、馬鹿だな」


 自覚は、ありますよ……どうせ馬鹿ですよ。


「だが、私好みの馬鹿だな、お前は」

「え、な、はっ!?」


 ただでさえ美人なのに、馬鹿って言いながら優しく微笑まないでください!

 惚れちゃうから!

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