第48話 そんな、人前で?

『爆発するのは誰だ? ドキドキワクワクみんなでボッカーン★』


 結果、勝者は——明日花さんだった。


「やったー、私勝ったー!」


 ちなみに最初の脱落者は瑛太さん、次は俺。最後は葉月さんと明日花さんの一騎打ちだった。無欲の勝利だったのか、単純に運だったのかは分からないが、最悪なパターンが免れ一安心だった。


 運とはいえ自らの手で勝利を収めたことが嬉しいのか、彼女はご満悦に喜んでいた。


「それじゃ、壱嵩さん。ソファに座って?」

「ん?」


 そう、勝者は好きな人に一分間チューができる。葉月さんを勝たせないように必死だったが、よく考えればそうだ。


 俺や明日花さんが勝った場合は、公開キスを披露しなければならないのだ。


 だが所詮チューって言うくらいだから、頬とか額とかライトなものだろうと高を括っていた。


 俺の上に跨って腕を回してきた明日花さんは、顔を近付けて額に唇を当ててきた。温かくて柔らかい気持ちのいい感触。

 唇じゃないのに、恥ずかしさで顔が紅潮する。


 いつの間にか添えられていた頬への手が、顔を背けることを許してくれなかった。


「一分間って、意外と長いね。色んなところにしてもいい?」


 耳元で囁く声が吐息となってこめかみを掠める。むず痒くて、何も言えなくて、結局されるがまま続けられるだけだった。


 瞼、頬、目尻に首筋——……。

 さっきくすぐられたせいで、敏感になっている。口角にキスを落とされた時には心臓の辺りがギュッと締め付けられて、まともな思考でいられなかった。


(人前だというのに、明日花さんは恥ずかしくないのか?)


 これはもう子供騙しチューじゃない。大人の遊びキスだろう?

 舌こそ挿入れていないけど、何度も何度もついばむように口付けられて、頭が真っ白になる。


 流石にこれは拒まないといけないと思いつつ、うまく身体を動かせない。頭がぼーっとして快感に逆らえなくなっていた。

 人前で身体を縋らせながら沢山のキスを交わし、理性が崩壊寸前になった頃、彼女が耳元で囁いた。


「……私達がイチャイチャしてたら、もしかして二人にもスイッチが入るんじゃないかなって思ったんだけど、どうかな?」


 ハッと目が覚めた。

 そうか、これは二人を焦らす為の作戦だったのか。まさかの演技に騙されそうだった。


 明日花さんの演技の甲斐もあり、瑛太さん達の間に気恥ずかしそうな空気が漂っていた。これは意外といけるのでは?


「それはそうと、壱嵩さんは身体が熱くない?」


 一際甘ったるい誘うような声で聞いてくるから、思わず固唾を飲みこんだ。熱いは熱いが、これは口にしていいのだろうか?

 彼女は先輩達を焚き付けるために身体を張って演じているというのに、自分は勝手に欲情して恥ずかしい。


「あのね、さっき……壱嵩さんが飲んだ激マズドリンクって、マムシ汁とかマカをブレンドしたものだったんだよ」

「——は? え、何でそんなのを飲ませたんだ?」


 やけに下半身に血が集まるとは思っていたけれど、いや……何で俺に? 飲ませる相手を間違っていると思うんだけど?


「だって壱嵩さん、人前じゃ恥ずかしくてイチャイチャ出来ないでしょ?」

「そりゃ、そうだけど……! だからと言ってそんな危険なものを飲まされたら」


 こうして話している間にもう、限界が近付いている。そもそもこの跨がる体勢も刺激的なんだ。この腰の動きは誘っているとしか思えない。

 必死に耐える俺の様子を見て、明日花さんも意地悪な笑みを浮かべ、そっと後頭部に手を添えて撫で出した。


「瑛太さん、ごめんなさい。さっきの激マズを飲んでから壱嵩さんの気分が悪いみたいで。少し別の部屋で休んでもいいですか?」


 突然の提案に心臓が大きく跳ねた。

 っていうか、別室?


「えー、マジかよ壱嵩。大丈夫か?」

「私が付き添っておくので、二人は気にせず飲んでてくださいね」


 いや、全然大丈夫じゃない。こんな状態とタイミングで二人きりにされたら、間違いなく——……。


「壱嵩さん、今自分がどんな表情をしているか分かってる? スゴくエッチで欲しそうな顔をしてるんだよ」


 コソッと耳打ちされて慌てて顔を隠したけれど、もう手遅れだった。

 俺が酔っ払っているせいなのか、それとも今日の明日花さんが何枚も上手なのか。終始、手のひらの上で踊らされている感覚が続いてお手上げ状態だった。


「ふふっ、いつも壱嵩さんが強引な感じだから、たまには私が壱嵩さんを振り回すね」


 ドアを閉めた瞬間、ぶら下がるように腕を回して身体を密着させて、そのまま唇を塞いで舌を絡ませてきた。初っ端から遠慮のない攻撃に、ただ流されるしかなかった。


 さっきまでの口先だけのキスとは違って、濃厚で甘美な行為に俺も歯止めが効かなくなっている。


 だが、本当に瑛太さんと葉月さんを二人きりにしても良かったのだろうか? また失敗を繰り返していたら、もう修復は不可能だと思うのだが?


「葉月さん達のことは心配しなくて大丈夫だよ。今頃二人も良い雰囲気になっていると思うから」


 は? それはどういうことだ?


「葉月さんも瑛太さんのこと、気になってるみたいだから。瑛太さんが怖気ついて茶化さなければ上手くいくと思うよ」

「え、それって葉月さんも瑛太さんのことが好きってこと?」

「うーん、好きかは分からないけれど、いいなとは思ってるみたいだよ。さっきも葉月さんが勝ったら、瑛太さんを指名するつもりだったみたいだし」


 いや、それは明日花さんを油断させる為の虚言の可能性も拭えないが……。


 だが、もし彼女の言うことが本当ならば、今戻ったら邪魔することになりかねない。

 それに俺自身、身体がほてってどうしようもない。


 けれど、仮にもお世話になっている先輩の家で、こんなこと出来ない。今すぐ帰りたい、帰って——ああ、もう! この状況を解消スッキリしたい!


「壱嵩さん、キツいんでしょ? いいよ、我慢しなくて」

「い、いやいや、無理……こんな状況でできるわけがない。だってここは先輩の家だし、すぐ近くに知り合いもいるのに」

「でも、それじゃ……どうする? 二人の様子が落ち着くまで何もしないでここにいる?」


 最悪にも程がある——……。


 俺は究極の選択を迫られていた。

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