第49話 あの日、二人の交わした言葉は

 本音を言えば、今すぐ押し倒してヤってしまいたい。

 だが、一応仲良くしている先輩の家でするのは避けたい。


 しかしだ、飲んだ俺が発情するのはやむ得ないが、どうして目の前の明日花さんまでスイッチが入っているのだろう?

 まさかと思うが、飲んでる? この子もマムシ汁を飲んだのか?


「ねぇ、壱嵩さん……一緒に気持ちいいこと

 しよ?」


 くっ、今回ばかりはエロ過ぎる彼女が裏目に出てしまった。耐えるために唇を噛み締めたせいで、口内に血の味が広がった。それでも下半身に集中した血液は戻ることなく、どうしようもなかった。


 こんな状況で冷静になれるわけがない。理性が、もう……頭が、バカになり過ぎる!


「俺、ちょっとトイレ!」


 このままじゃ歯止めが効かなくなると思い、絡みついていた腕を外してトイレへと向かった。だが、リビングに差し掛かった時にしまったと大きく後悔した。


 瑛太さんと葉月さんも——戦闘開始しているかもしれない!


 先程の明日花さんの会話を思い出す。

 そう、葉月さんも瑛太さんをいいなと思っていたと……。だから明日花さんは、二人きりにする為に別室に移動したのかもしれない。


 ということは、リビングでは甘い雰囲気が漂っている可能性が拭えない!

 俺は息を潜めて姿を隠しながらトイレを目指した。俺のせいで二人の行為に水を刺すようなことが起きたら、自決レベルのやらかしである。



「……よね。わざわざこんな飲み会まで開いて」


 葉月さんの声が聞こえる。

 やっぱり二人きりになるタイミングを待っていたのか。


「だってさ、あんな別れ方をしたら、葉月さんも俺に気を遣って会わなくなるだろうなって思ったからさ」

「そりゃそうよ。瑛太さんは私には勿体無いくらい良い人なんだから。いつまでも未練を引きずっているような女に構っている暇があったら、他の女性と付き合った方が有意義よ」


 ——何だ? 何か思っていたような展開じゃないぞ?


 瑛太さんから聞いた話では、無理やりホテルに誘って気まずくなったからだと言っていたのに。


「そんな言われてもさー……。葉月さんみたいな好みど真ん中な女性、そうそういないし。それに言ったじゃん。俺は葉月さんが心代わりをするまで待ってるからって。俺の為を思うなら、気を使わずにこうして会ってくれる方が嬉しいな」

「——でも、それってズルい女じゃない? 私はまだ康介のことが好きなのに、瑛太さんのことをキープしてるみたいで……」

「別にそんなことないって。今はまだ、元カレのことが好きだけど、俺のことも気になってるって言ってくれたじゃん。それなら全然待つよ。それに彼氏彼女じゃなくても、こうして一緒に飲めるだけでも、俺は十分幸せだし」


 思わぬ場面に遭遇してしまったのかもしれない。


 実際は葉月さんに告白したものの、康介さん元カレに未練があるから瑛太さんの交際を断ったのが現状なのだろう。


 それで気まずさを覚えた葉月さんは、俺達から距離を取ろうとしていたけれど、葉月さんや明日花さんを気遣って四人での飲み会を開催したのが今回の目的だったのだ。


 聞いていた話と大分違うじゃないか——……。

 葉月さんを悪者にしない為に、自分を卑下して茶化しやがって。


「……本当、私もバカだよね。あんなどうしようもない元カレよりも、瑛太さんの方が断然良い男なのに。それでも……踏ん切りがつかないんだよね」

「好きってそんなもんだろう? 現に俺も葉月さんに振られているのに、まだ諦めつかないし」

「瑛太さん……ありがとう。あぁ、もう本当に自分でも嫌になる。アイツ、明日花ちゃんに酷いことをしてきた男なのに。私、明日花ちゃんのことも大事なのに、その一方で康介のこともって、本当に最低」


 瑛太さんの手が葉月さんの頭をそっと撫でた。その優しさに堪えていた涙を止められなくなった葉月さんは、声を押し殺して泣き始めた。



 ——そうだよな……葉月さんの好きな人は明日花さんの元セフレだ。しかもそいつは明日花さんの大切さに気付いて、葉月さんと別れたんだった。


 聞いてしまった事実を心の奥にしまい込んで、何事もなかったように明日花さんのいる部屋に戻った。


「あれ、どうしたの壱嵩さん。元気がないけど……」

「いや、ちょっと」


 先程の事実は明日花さんには話さない方がいいだろう。よりによって葉月さんが好意を寄せている相手が康介さん元セフレだなんて、口が裂けても言えない。


「……明日花さん、今日はもう帰ろうか? 俺も飲み過ぎて微妙な感じだし」

「え、あ、うん……。でも葉月さん達は?」


 あの二人もきっかけが欲しいだろう。


 こうして各々が複雑な悩みを抱えつつ、今回の飲み会はお開きとなった。


 ———……★


「……あれ、葉月さん泣いてる? え、もしかして瑛太さんが泣かしたの?」

「え、いやー……まぁ、ちょっとな? うーん、そうだね。俺が泣かしたようなもんかな? ごめんな、葉月さん」

「違う、瑛太さんじゃないんだけど——ごめんね、明日花ちゃん。今日は私も飲み過ぎたみたい。また今度、ゆっくり飲もうね」

「……そっか。うん、今日はとても楽しかったです。また四人で飲もうね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る