第43話 救いの手
母が自殺未遂を起こして、俺の生活は一変した。それまで
「——君、今までずっとこんな生活をしてきたのか?」
そう尋ねて来たのは、近所に住んでいるケアマネージャーの山本さんだった。こんなとは、この生活のことだろうか?
「君のお母さん、いくつかな? 失礼かもしれないが、結構なお年だよね?」
「母は……俺を45歳の時に出産したと言っていました。だから……58くらいかな」
高齢出産だった上に、早々に旦那を亡くし頼れる人間もいなく、苦労したとボヤいていた。
「君のお母さんは、いつからあんな感じだったんだい?」
「あんな感じ……というと?」
「何の脈絡もなく喚いたり、暴れたり。自傷をしたり、粗相をしたりかな?」
そんなの昔からだった。
母はそういう人だと思っていたし、何よりも普通を知らなかった俺には、それが当たり前だった。
「片付けや掃除は俺の仕事でした。母が吐いたり、漏らした汚物も全部、片付けてきました」
それでも何度も失禁を繰り返すから、畳も荒んで変色してしまっているけれど。
これでも随分マシになった方なのだ。
昔は足の踏み場もないゴミ屋敷だったし、腐臭も発生していたし、虫も湧いていたほどだ。
「君が……一人で
「けど母は……俺を産んだせいで、もっと苦労したと言っていました。俺のせいで不幸になったと。だから俺なんて」
そんな俺の言葉を拒むように、山本さんは大きく顔を振って会話を被せてきた。
「そんな言葉あるものか! 自分の人生がうまくいかなかったことを子供のせいにするなんて、無責任にも程がある! もう君が一人で抱え込む必要はないんだ。まずは役所に行って必要な手続きをするんだ。分からないことがあったら僕が協力するから」
母が自殺未遂をして、半身に麻痺が残ったおかげで——やっと地獄が終わったのだ。
山本さんと出会ったおかげで、母を施設に入所させることが叶い、それなりに人並みの人生を送れるようになったのだ。
それでも母にお金は掛かるし、日々の生活も全部自分でしなければならなかったので、幸せとは言い切れなかったけれど。
だが、以前の地獄に比べれば、幾分もマシだった。
その後、山本さんの勧めで介護関係の仕事に就いて数年がたった頃、俺は明日花さんと出逢った。
明日花さんと付き合って、必要とされて、愛されて、やっと一人の人間になれた気がしたんだ。
母の世話をしながら過ごしてきた少年期。
感謝の言葉一つない奉仕を満たされることなく続けてきたが、彼女と過ごすようになって、自分という人間がわかってきた。
俺はずっと、誰かに必要とされたかったんだ。
生まれてきても良かったと、肯定して欲しかったんだ。
そんな愛情不足で育ってきた俺に惜しみない愛を注いでくれる彼女が、愛しくて堪らなかった。
その一方で、恐くてたまらないのが俺の中に流れる血。親に愛されたことがない事実が、次への段階へ進むことを妨げる。
俺はちゃんと明日花さんを愛せているだろうか?
この先も幸せに出来るのだろうか?
いつか生まれてくる子供のことを、きちんと愛せるだろうか?
以前、母に似たと言われた顔をまじまじと見たが、どこが似てるのだろうか?
自分では似てる要素はないと思うのだが、髪を切ってから近付いてくる女性は、母の面影と重なって見えて気持ち悪かった。
明日花さんだけだった。
明日花さんだけしか、大丈夫じゃない。
(初めて明日花さんと出逢った時、蹲りながら罵声を浴びせられていた姿が——まるで幼少期の俺にそっくりだったから)
彼女を救うことが、過去の自分を救うことになるんじゃないかって思ったんだ。
だけど、実際の彼女は全然違った。
俺が思っているよりもずっと強くて、愛に溢れている人だった。
俺なんかには勿体ないくらい、素敵な人だった。
「壱嵩さん、好き。大好き」
彼女に愛を囁かれるたびに、俺の愛がどんどん肥大していく。きっと彼女が思っている何千倍も、俺はずっと——……。
「俺も明日花さんのことが大好きだよ」
——愛してる。
———……★
瑛太「あれ、あれ? 実は壱嵩の方がヤンデレなのか? え、えぇ? いやいや、ヤンデレは美少女がなるからこそ至高であって!」
壱嵩「男のヤンデレジャンルも、それなりに人気がありますよ(ニッコリ)」
あれー……? 終わりは明日花と出逢えて良かったねで終わるはずが、ヤンデレエンド?
こんなはずではなかったのに……💦
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