第33話 懲りない男
「あ、明日花? 明日花だよな?」
ワナワナと震えた手でトレーを持って、なんて危なかしいんだろう。せっかくのビールが溢れて勿体無い。
あの修羅場から半年以上の月日が経っているにも関わらず、
あの時のように誹謗中傷されては敵わないと彼女を守るように身を乗り出したが、相手は予想外に大人しく唇を噛み締めて、耐えているような仕草を見せてきた。
「あ、俺さ……ずっと明日花に謝りたかったんだ。明日花の気持ちも考えず、随分と酷いことをしてしまったなと」
——ん? コイツ……キャラに似合わず、反省を口にしているのか?
やめてくれ、お前みたいなのが路線変更したら、ろくなことが起きないんだ。
「あのさ、今度明日花に会えたら、ちゃんと謝りたいと思っていたんだ。少しで良いから時間をくれねぇ?」
「え、ヤダ。今日は壱嵩さんと一緒に食べにきたんだから」
え、無慈悲の即お断り⁉︎
いや、嬉しいけど、それが誠実だけど!
何か起きてしまう前に拒むのが正解だけど、容赦ない言葉に俺まで驚いてしまった。
良くも悪くも自分に正直なのが明日花さんの特性だが、これは随分とハッキリしたものだと感心さえ覚えた。
「え、あの、ちょっと! 五分……いや、一分でいいから時間を頂戴⁉︎」
自分は彼女が出来た途端、手のひらを返したように放ったらかしにしていたくせに——と、冷たい視線を送っている。
自業自得とはいえ哀れすぎる。あまりの惨めさに居た堪れないと同情すら湧いた。
「……私、
キッパリと言い切られた康介さんは、やり場のない感情を処理できず一人で悶えていた。
そんな彼を置いて、そそくさと注文を済ませて奥のテーブルへと進む明日花さん。
自業自得なのだが、これはあまりにも惨めだ。
「あ、なぁ、アンタ……! 明日花の彼氏だよな? 俺はただ明日花に謝りたかったんだよ。酷いことをしたのは重々承知だし、俺の顔も見たくない気持ちも分かる。けど、せめて……」
きっとコイツは、アホなだけで根から悪い奴ではないのだろう。
だが、そこまで分かっているのなら、そっとして上げるのが優しさだ。
謝ったところで明日花さんが受けてきた仕打ちは消えないし、この男の心が軽くなるだけだ。
「明日花さんはやっと前を向けるようになったんだ。これ以上、彼女に関わるのはやめてくれ」
その言葉に康介さんは諦めるように項垂れて、トボトボと反対の方へと歩き出した。
「——あ、そうだ……彼氏さん、明日花のことよろしくお願いします」
なんと哀愁が漂う背中だろう。
因果応報とはいえ、自分はあんなふうにはなりたくない。
それにしても男性と女性で過去の恋愛に対する感じ方が違うと聞いたことはあったが、明日花さんの場合、全く振り返らない性格なのだろうか?
「違うよ、壱嵩さん。私はただ目には目、歯に歯の性格なだけ。優しい人には優しくしたいけど勝手な人には優しく出来ないだけだよ」
彼女は大きくてボリュームたっぷりなハンバーガーに齧り付きながら話してくれた。
「壱嵩さんはスゴく優しい人だし私のことも大事にしてくれるから、壱嵩さんが優しくしてくれた分、たくさん幸せにしてあげたいの」
そんなこと言われたの初めてだし、明日花さんの気持ちはスゴく嬉しかった。
今まで献身が報われることがなかったので、認められたようで泣きそうになる。
「——でも俺、明日花さんが思っているほど、いい奴じゃないけど」
「それでもいいよ。私はそれでも好きだから」
裏表のない、この言い方が好きだと改めて思う。
良くも悪くも嘘のつかない彼女だから、救われているのだろう。
「それなら俺も明日花さんのことを大事にしないとな。愛した分、愛が返ってくるなら愛し甲斐があるね」
「愛に見返りを求めたらいけないんだけど、壱嵩さんは私と同じタイプの人間に見えるから。結構、信じ切ってるかも」
屈託のない顔で笑う彼女。彼女が感じた似た雰囲気とはきっと……臆病者同士なところだろう。どこか自分に自信を持ちきれない俺達は、劣等感を抱きながら付き合っていると思う。
それに、この心地よい関係を手放したくない。
この先、こんな恋愛ができる気がしない。
「大好きだよ、明日花さん。きっと一生」
「私も壱嵩さんのことが大好き。あの時、私のことを助けてくれて本当にありがとう」
———……★
「クソクソクソ、俺の方が明日花のことを
好きだったのにー……! あぁー、俺のアホゥ! 大馬鹿野郎!」
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