第34話 ホテルって、行ったことがないんだよね
贅沢バーガーに舌鼓した俺達は、満足気に店を出て夜の街並みに溶け込んでいった。
薄暗い中、揺れるライトを眺めながら歩くのは嫌いじゃない。
すっかり上機嫌になって浮き足気味の明日花さんも、俺の腕にしっかり掴まって満足そうに隣を歩いていた。
「ねぇ、壱嵩さん。せっかくだから少し歩いて帰ろう? 私、あまりタクシー好きじゃないんだ」
「俺は構わないけど、疲れたら言ってね。明日花さんはヒールだから疲れるでしょ?」
その気遣いに彼女は笑みを浮かべて、更に力を込めて抱き付いてきた。しがみつかれた腕が嬉しい悲鳴を上げる。
仕草も反応も、どれをとっても可愛い。
「あ……そうだ。せっかくだからもう一軒行く? 美味しい珈琲店があるんだけど」
こうして街に出て飲む機会も少ないし、せっかくならもう少し夜を堪能したい。
きっと明日花さんも喜んでくれるだろうと思ったが、あまり芳しくない反応を示された。
「——今日は珈琲はいいかな? 壱嵩さんが淹れてくれた珈琲の方が好きだから」
「え、いやいや。俺が淹れたのよりもずっと美味いから。ケーキやパフェなんかも置いてあるし、明日花さんも気に入ってくれると思うけど」
だが、彼女は唇を尖らせて、分かりやすく拗ねて見せた。
え、何で?
「私、珈琲屋よりも行きたいところがあって……。あの、その……」
珈琲やケーキよりも食べたいもの?
もしかして、まだ食べ足りない?
明日花さん、シメはラーメン派だったのか?
「違うの、もうお腹は一杯だから今日は……」
「そうだったんだ、ゴメン。明日花さんは甘いのが好きだから、喜ぶかと思って」
でも、それなら尚のこと分からない。
一体、どこに行きたいのだろうか?
すると彼女はモジモジと、更にしがみつくように身体を擦り寄せて耳元で囁いてきた。
色っぽく色付いた唇が、こそばゆい吐息と共に伝えてきた。
「ら……ラブホって、壱嵩さんは行ったことがある?」
ら、ラブホ?
想像すらしていなかった言葉に、思わず彼女の顔をガン見してしまった。
そんなイチャイチャカップルが行くような場所、あるわけない——!
そもそもこんなに親密な関係を持ったのも、明日花さんが初めてなんだ。
「私も行ったことがなくて……ちょっと行ってみたいなって」
「いや、そもそも俺たちの場合、ホテルなんて行かなくても、一緒に住んでるから」
ラブホテルはセックスする場所がない人が利用するものだろう?
貧乏性の俺は、つい勿体無いと思ってしまうのだが、明日花さんは何が目的で行きたいのだろうか?
「だって、せっかく彼氏が出来たなら一回は行ってみたいなって。ダメ?」
「だ、ダメじゃないけど……」
あまりにも唐突過ぎる。下調べもしていないし、そもそも他人がセックスをした場所で寝るなんて気持ちが悪いと思ってしまう。
明日花さんとエッチなことはしたいけど、ラブホは抵抗があった。
それに噂でラブホには隠しカメラが仕掛けられていて、行為を盗撮されることもあると耳にしたことがある。
もしかしたら都市伝説かもしれないが、用心するに越したことはないだろう。
「明日花さんは何がしたくてラブホに行きたいん? もししたいことがあるなら俺が叶えるから」
「え? え?」
「教えて? もしかして思いっきり声を出したかった? それともコスプレ? 一緒に風呂に入りたかった?」
付き合って半年も過ぎたし、マンネリし始めた? もっとマニアックなことがしたい?
公道のど真ん中にも関わらず、真っ赤になって戸惑う彼女にグイグイと容赦なく問い詰め続けた。
「あ、あの……っ、その! こ、こんな人前で恥ずかしいから」
「あ……!」
言われてやっと周りの視線に気付くことができた。しまった……そんなつもりじゃなかったのに。
ゴホゴホとわざとらしく咳払いをして誤魔化したが、まだ解決したわけじゃない。
俺は明日花さんの手を取って、そのままグングン歩き始めた。こうなったら、もう自棄だ。
そのまま激安量販店に入って、勢いのままアダルトコーナーへと入っていった。そしてエロコーナーの際どい物を買い物カゴに入れてレジへと向かった。
「……明日花さんが言わないなら、もう全部買う。これだけ買えばラブホみたいなことはできるだろう?」
すっかりキャパオーバーした彼女に一ミリの遠慮も見せず、購入を済ませた俺は、そのまま帰路を突き進んだ。
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