第八章「普遍的な日常こそが幸せ」

第31話 しがらみ雁字搦め

 人生で3回はモテ期が来ると言われているが、よりによって今かよって、神様の意地悪に文句をつけたくなる。


 利用者のおばあちゃん、ご家族、そして瀬川さん。けれど一番厄介なのは断トツで都子元カノだった。


「ねぇ、幸山くん。私達もう一度ヨリを戻せないかな?」


 戻す気もないし、どの面さげて来てんだと本気でドン引き気味だった。しかも明日花さんと同棲している家に堂々とくるメンタルの強さ。きっと彼女のハートは鋼でできているのだろう。


「私もバカだったなと反省してるの。ねぇ、お願いだから私にチャンスをくれない?」

「チャンスもなにも、俺には大事な彼女がいるから無理。こんなふうに家に押しかけないで下さい」


 奥には明日花さんがいるのだ。元カノの事情は知っているとはいえ、明日花さんが心配するような行為は本気でやめてほしい。


 散々俺のことを貶しておきながら、見た目が変わった途端に手のひらを返して。瀬川さんといい都子といい、本当に人間不信に陥りそうだ。


「俺じゃなくても、田沼先輩以外にも都子のことを気に入ってくれていた男性がいたじゃん。その人達と仲良くすればいいんじゃないの?」

「いや! 私は幸山くんがいいの! お願い、二番目でもいいし、遊び相手でもいいから」


 ぞぞぞぞぞぉぉォー……っと、全身鳥肌が立った。


 二番目? 遊び相手?


 いやいや、自分基準に物事を考えないでほしい。浮気相手に時間やお金を割くくらいなら明日花さん彼女と一緒にいた方がずっといい。


「二度とうちに来ないで。あと連絡も……って言ってもブロックしてるから見ることもできないんだけど」

「え、酷い……何でそこまでするの?」

「彼女のことが大事だから。男が皆、田沼さんみたいに女の子が好きなわけじゃないんだよ」


 そう言ってドアを閉めたが、簡単には諦めてもらえなかった。ドンドン喚く都子に、流石の明日花さんも気付いたらしく「大丈夫なのかな?」と不安を漏らしていた。


「……多分、っていうか放っておいていいよ。見た目が変わった瞬間、こんなふうに手のひらを返されてたら堪ったもんじゃないよ」


 最近は女子高生にも連絡先を聞かれたり、芸能界に興味がないかと名刺を渡されたけれど、モテ具合が半端ない。


 もしかして明日花さんが幸運の女神なのか?


「——あのさ、明日花さん。変なこと聞くけど、前に付き合ってた彼……明日花さんと一緒にいたらツイてたとか言ってなかった?」

「え? 付き合ってた? 康介? 康介は彼氏じゃなかったけど」

「それは言葉のあやだから。いや、その……うん、康介さん」


 しばらく考えるように首を傾げていたが「さぁ?」と思い出すのをやめた。


 それもそうか。自覚していれば彼女のことを手放したりしないだろう。それでなくてもこんなに可愛くて健気なのだから。


「あ……ねぇ、壱嵩さん。この前買ってたナンバーズ、当たったよ! 一万円だけど何か美味しいものでも食べに行こう」


 やっぱりこの子、幸運の女神⁉︎


 そう言えば康介さんと別れたのも二股かけていたとは言え、明日花さんが一方的に告げたものだ。


 俺なら諦めきれない。

 彼女と別れてでもヨリを戻したいと考える。


(だからといって、渡す気はサラサラないけど)


 とは言え、安心もしていられない。

 そう、こういった類の不安は悪いことの前触れなのだ。


「そうだ、前話してたハンバーガーのお店に行こう! 本当に美味しいからオススメだよ」


 幸せそうな明日花さんに対して、浮かない表情を浮かべた俺。

 この不安が取り越し苦労になることを切に祈るばかりだった。



———……★

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