第三章「私はあなたに出逢えて幸せです」

第10話 好きが溢れて止まらない

「実は、俺……今まで全く服装とかオシャレに無頓着で。良かったら明日花さんに選んでもらえないかなと思って、お願いに来ました」


 会って早々、深刻な顔をした幸山さんが重たいオーラを背景に懇願してきた。


 服を買ったりするのは好きなので構わないのだが、急にどうしたのだろう?


「いや、実は昨日仕事に行った時、明日花さんに切ってもらった髪、利用者さんや入居者さんからも好評で褒めてもらったんですよ。けど私服に着替えた瞬間に罵倒の嵐が起きて……」


 そんなに?

 よっぽど酷い服でない限り、そんな批判されないとはずだと首を傾げた。

 確かに幸山さんの服装は地味というか、着古してくたびれた感じはあるけど、そこまで酷いとは思わなかった。


 もしかして特別な人に否定された?


 例えば彼女とか、片想いの人とか……。


 そう考えると胸の奥がチクっと痛んで、上手く笑えなくなる。


「……なんで私に?」


 幸山さんの役に立てるのは嬉しいし会えるのは歓迎だけど、理由によっては複雑な心境だ。

 伏目がちに尋ねると、彼も気まずそうに白状してきた。


「自分、見ての通りバカ真面目な優等生タイプっていうか、勉強しかしてこなくて……。こんなこと相談できる人が明日花さんしかいないというか……」

「——彼女とか、いないんですか?」

「え、いない、いない! そもそもいたら他の女性と一緒に出かけたりしないし! それに俺は」


 ジッと見つめる私に気付いた幸山さんは、途中で言いかけていた言葉を止めて口篭った。


 でも良かった。彼女はいない……!


 顔がニヤけて止まらない。もしいたらどうしようかと思っていたけれど、私の心配は杞憂に終わったようだ。


「あ、そうか。俺は良くても明日花さんは……彼氏さんが怒りますか? こんな誘ったりしたら」

「全然! 彼氏いないので問題ないです。ちなみにどれくらい彼女がいないんですか?」

「え、いや……一年前くらいに前のバイトの先輩に紹介してもらったんだけど、三ヶ月くらいで自然消滅して、風の噂で他に彼氏が出来たって」


 お、お気の毒に……。


 幸山さんのように優しい人でも振られることがあるんだと思う反面、付き合っていた彼女が羨ましくなった。キスとか、エッチとかしたのかな? してるよね、付き合ってたんだから……。


 自分で聞いておきながら、またしてもモヤモヤと煩悶させていたが、気にしても仕方ないと割り切ることにした。


「服、どんな感じが好きですか? モノクロに大人っぽく? それとも可愛く原色を基調ベースにまとめます?」

「え、いや……明日花さんの好きな感じで。俺のセンスよりも絶対確実だし、それにそもそも服を買う理由は」


 段々と口篭らせて濁す幸山さんに「ん?」と首を傾げて尋ねたけど、顔を真っ赤にするだけですぐに視線を逸らされてしまった。


「うっ、ん〜〜………っ! その、もし明日花さんさえ良かったらこれからも会って欲しくて、明日花さんの隣にいても恥ずかしくないような見た目になりたいんです」


 幸山さんの告白に、顔から火が出そうになった。


「わ、私に……? でも私、よく人と違うことをしちゃうし、一緒にいても迷惑ばかりかけちゃうのに?」

「全然、俺に対してはそんなの気にしなくていいから! それを言ったら俺だって面白味がないツマらない人間だし!」


 互いに自分を卑下しながら顔を伏せあった。駅前の繁華街の近くで何をしているんだと、行き交う人達が横目で見ていた。


「とりあえず……行こうか。服を見立ててもらった後、お礼にご飯をご馳走するよ」

「ありがとうございます……。あの、私……幸山さんとの約束、すごく嬉しかったです。今日もすごく楽しみにしてました」


 そう言って二人で隣同士で歩いて。

 少し寄れば互いに触れそうな距離にいれることが幸せだった。


 間違いなく生きてきた中で、今が一番幸せ。


 こうして私達は何軒かショップを見て回って、一式買い揃えることにした。


 とりあえず無難に黒のジャケットとダークグレーのカーディガン。そして下は細身のスラックス。シャツは複数購入して、着回しできるようにコーディネートしてみた。


「最初のうちはモノクロコーデの方が合わせやすいと思うので。差し色を入れるとしても、靴下とかインナーくらいにしていた方が無難かな?」

「スゴいな、服を変えるだけで一気に垢抜けた。今まで人生損してたかも」


 そんなことないですよってフォローを入れたかったが、生憎その通りだったので笑ってスルーした。


 だって、本当にカッコいい……。


 元々スラッとした体型で、髪もセットしてきているので清潔感が好感度と共に急上昇だ。

 さっきからチラチラと女子高生達が見ているんだけど、気付いていないのかな?


「——あんまりカッコよくなると、それはそれで心配……」

「ん? 何か言った?」


 言ったけど言いたくない。

 でも屈託ない笑顔を向けてくるから、意地を張るのがバカらしくなってきた。


「似合ってます。カッコ良いです」

「ありがとう。これも全部明日花さんのおかげだよ」


 終始ニヤけてしまう顔を隠しながら、私は幸せの余韻を味わっていた。


———……★


「これで瀬川さんをギャフンと言わせられる……!」

「ん、どうしました?」

「い、いや、何でもないよ!」


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