第11話 御伽の世界で、夢のような時間を

 幸山さんが予約してくれていたのはパスタが美味しいカフェのようなお店だった。


 地下に降りていく階段の脇にはトルコガラスのランプが置かれていて、まるでアラジンとか御伽の世界に誘われているみたい。


 扉も木製の可愛いデザイン。カランカラン——と、響き渡る鐘の音が心地良い。


「あの奥のカウンターテーブルなんだけど、横並びでもいいかな?」

「大丈夫です。お任せします」


 店内のあらゆるところに吊るされたモビールが可愛い。アラビアンナイトに魔法のランプ。

 トルコガラスの柔らかくて鮮やかな光と共に可愛い世界観が広がっていて、気になって仕方ない。


 案内されたソファー席はモスグリーンの柔らかそうな素材で、地下なのに目の前に窓があって。覗き込むとそこには空飛ぶ絨毯に乗る映画のワンシーンの絵画が描かれていた。


「スゴいよね、これ。このお店の店長さんが美大生の作品を見てほしいって飾っているらしいんだ。他にもポストカードとか、色んな作品が見れるようにファイリングされているから、見ながらご飯を食べよう」


 こんなお店があるなんて知らなかった。


 この手作りの窓枠も、絵だけじゃなくカーテンも額縁も、全てにこだわりと愛が感じられた。


「明日花さん、ネイルとか綺麗にしてるから。こういうお店好きかなって思って」

「スゴく好き……! どうしよう、ドキドキが止まらない」


 素直に感嘆する私に安堵したのか、幸山さんも綻ぶような笑顔を見せて腰掛けてきた。大きいと思われていたソファーだけど、二人で座ると意外と距離が近くて、肌が密着する。


 ——どうしよう、頭が真っ白になって何も聞こえない。


「どのパスタも美味しいんだけど、俺はトマト系が好きかな。明日花さんはどうする?」

「ナ、何デモイイデス……! オ任セデ!」


 男の人と二人きりとか、至近距離になるのも慣れているのに、何でこんなに緊張するんだろう?


「あ……っ! やっぱり向こうのテーブル席に移動させてもらおうか? ごめん、気付かなくて」


 近過ぎる距離に戸惑っていることに気付いた幸山さんは、気遣って席を立とうとしたが、私は慌てて止めた。


 嫌だ、離れたくない。


「こ、このままで! 幸山さんが、嫌でなければ」


 張り詰めた空気が漂う。けどその緊張だけでなく僅かに漂う甘い雰囲気を、きっと二人とも自覚していたと思う。


「そんな言われると、俺も勘違いしてしまうんだけど。俺、明日花さんと出逢った時から、ずっと君のことばかり考えてる」


 両手で顔を覆って隠しているから、どんな顔をしているか分からなかったけど、薄暗い店内でも分かるほど赤くなった耳に気付いて、思わず手を伸ばしてしまった。


 指先で耳たぶを撫でて、そのまま顎のラインに沿って、彼の手に添えた。


「私もずっと、幸山さんのことばかり考えてた。また会いたい、早く会いたいって……」

「明日花さん……」


 重ねていた手を動かして、互いの指先を交えながら、複雑に絡ませる。緊張から汗ばんでいるけど止められない。

 胸がいっぱいで、今にも涙が溢れ出そう。


「初めて明日花さんを見た時、あまりにも辛そうで、苦しそうで……助けたいと思ったんだ。実は俺の母親が精神疾患を抱えていて、小さい頃から母親を支える為に生きているようなものだった。今は自分が勤めている病院に入所しているんだけど」


 そっか……。

 お母さんが精神疾患だったから私の行動も引かずに理解してくれたんだと腑に落ちた。


 でも待って……?

 なんで今、お母さんの話をするの?


「そんなことで母親に結構お金も掛かるし、時間も取られる。俺の仕事って薄給の割に夜勤が多いから、構ってもらえないって嫌がる女の子も少なくないと思うんだ。恋愛なんて無縁だと思っていたんだけど、何だろう……。明日花さんだけは守りたいって、俺が支えたいと思ったんだ」


 瞳に溜まった涙で、彼の目が滲んで見える。


「私、自分に時間を割いてくれなくてもいい。幸山さんが私のことを好きだって言ってくれれば、それだけで幸せ」

「——俺なんかが好意を抱いていいのか分からないくらい、明日花さんは素敵だから恐れ多いけど……好きです。きっと最初に君を見た時から、ずっと好きになっていたと思う」


 感極まった私は、そのまま彼の肩に額を乗せて「私も好き……」と囁くように告げた。


 今まで私は何の為に生きているんだろうと思っていたけれど、きっとこの日のために生きてきたんだと確信した。


 お母さん、私……生きていて良かった。



 こうして私達は、恋人同士となった。


———……★


「幸山くん、良かったね。サービスで特別にデザートをプレゼントするよ」

「ま、マスター……! ありがとうございます」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る