第8話 行き場のない欲求を慰める
幸山さんが帰ってから、ずっと身体が疼いて悶々と行き場のない欲求が渦巻いていた。
少し硬めで触り心地のいい髪。首筋のライン、少し汗ばんだ肌。思い出しただけで吐息が漏れる。
もし、彼とそういう関係になれたら、そう考えただけで身体が熱くなる。
押し寄せる波を必死に堪えて、私は歯を食いしばって迎えて果てた。
もう、身体に力が入らない。
「幸山さんの声が聞きたい……っ、電話したらダメだよね」
脱力した指で必死に連絡先を開いて。
ともだち一覧にある名前を見るだけでも嬉しくて涙が出そう。
このアイコン、何の写真だろう。バスケット漫画の表紙? 映画のポスター?
「見に行ったのかな? いいな、私も一緒に見たかった。一人で行ったのかな? それとも友達と?」
その時、私はもっと根本的な問題があることに気付いた。
幸山さん、彼女とかいるのかな?
流石に結婚はしてないと思うけど、その可能性も拭えない。どうしよう。もし彼女がいたら死にたくなる。
「あぁ……っ! あんなに素敵な人だから、いても不思議じゃないもん。でもヤダヤダヤダぁ……!」
でも彼女がいたら次の約束も出来ない。私から不要な連絡をしたら迷惑だろう。
「——彼女がいてもいい。今以上の関係は求めない。私の世界から幸山さんがいなくなる方が嫌」
両手で目元を覆い隠して、私は嘆くように天井を仰いで泣いた。手のひらが涙で濡れても、私は気にせずひたすら泣き続けた。
——……★
結局、そのまま泣きながら寝てしまったせいで、目元が腫れてしまった。顔もむくれているし踏んだり蹴ったりである。
「……ジム、行こうかな」
今日は12時からバイトが入っているから、それまで汗を流そうと支度を始めた。
結局、幸山さんには何も連絡できないまま寝落ちしてしまったので、気持ちがモヤモヤしたまま不完全燃焼だった。
だが、むぅっとした顔でベッドへ向かうと一つの通知が届いていて、まさかと思って慌ててアプリを開くと、案の定幸山さんからのメッセージが届いていた。
「昨日は色々とありがとうございました。髪まで切ってもらって、鏡に映った自分を見て驚きながら目を覚ましたました。このお礼は近いうちにしたいと思っているので、明日花さんの予定を教えてもらえたら嬉しいです——! んん〜〜〜っ!」
時間を見ると私が寝ている間に届いたようだった。
何で気付かなかったんだろう、私!
「幸山さんに会えるならいつでもいい! 今日仕事が終わってからでも……!」
でもこんな腫れた顔では会えない。
やっぱりジムに行って汗を流してこようと急いで用意を始めた。
「あ、幸山さんにも返事をしなきゃ。基本……12時から6時までバイトだけど、それ以外は大丈夫ですっと」
好きな人ができるってスゴく幸せなことだ。メッセージ一つでこんなに嬉しい気持ちになるなんて。
けどそんな私は、有頂天になり過ぎて気付いていなかった。
他にも連絡を送っていた人物がいたことに。
康介『明日花、今晩暇? 暇だったら一緒に遊ぼうぜ? 夜迎えにいくよ』
この未読のメッセージが、後々の私達に関係に亀裂を入れることになるなんて思ってもいなかった。
———……★
「恋は盲目。仕方ない」
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