〈3〉

 サンダース氏がタクシー役を引き受けてくれた。税として息子を連れて行かれてしまった女性である。養鶏場をサイクロプスに壊されてしまいコケムストリを盗まれた、いちばんの被害者。彼女の夫はすでに他界していて、母と息子の二人で養鶏業をしていたという。宝飾都市キャロルに学生時代からの知り合いがいるので、今後はその知り合いのドナルド氏が切り盛りするアクセサリー店でアクセサリー作りを学びつつ、生活していくのだとか。


「ユーリはテレスで頑張っているはずですから、わたしも頑張らないと」


 嘆いてばかりはいられない。力強い一言だ。


 移動魔法により、サンダース氏とサンダース氏の荷物とビレトとアサヒとが一瞬でキャロルに到着する。アサヒはこの感覚にまだ慣れていないため、まぶたをぎゅっと閉じてしまい、サンダース氏のこの一言とは裏腹にさみしそうな笑顔は見ていない。


「ありがとうございます。今度また、サンダースさんの作ったアクセサリーを見に来るね」

「まあうれしい。ミカドに身につけていただければ、よい宣伝になりますわ」


 フラワーキープボトルは、事情を聞いたドナルド氏がひとつ譲ってくれた。さらに、二人の共通の友人が、次の目的地の北限都市ロジンに連れて行ってくれるようだ。宣伝費と相殺で、願ったり叶ったりである。ビレトとアサヒはアクセサリー店の店内を見て回りつつ、到着を待つ。


「折り紙付きっていうか、お墨付きっていうか。ミカド愛用の一品っていうと箔がつくっすね」

「みんなに愛されるミカドにならなきゃ。嫌われてたら、逆に誰も買わなくなっちゃうし」


 現在のマモン政権下では、首都テレスにあるミカドの居城で強制労働をさせられる。ことになっている。――というウワサをカフェで耳にした気がしたアサヒは、水晶玉の魔道具を眺めながら「ビレトがミカドになったら、サンダース氏の息子さんのユーリさんを含めて全員釈放っすね」とビレトに提案した。


「うん。……あの人のことだから、ヤな予感がする」

「あの人のことだから、っていうか、今の税制度で苦しむ人たちを見てきているから、自分たちが戦ってなんとかできるのなら戦わなきゃいけないっすね。革命を起こすっす」


 村のカフェを経営しているオーナーの愚痴を思い出す。このクライデ大陸の住民たちが幸福な生活を長続きさせるためには、税金は必要なものなのだろう。しかし、あまりにも重すぎて住民たちが苦しんでいる現状を見てしまっている。必要以上に取り立ててはいないか。取り立てたものが何に使用されているかが透明化されていれば、人々の不満が軽減されそうなものだが、そのような報告書は目にしていない。


「まだ学校に通っていた頃だけど、ボク、マモンさんに無理矢理チューされたことがあって」

「自分にもしたじゃないっすか」

「それとあれとは違うし!」


 魔力切れを起こしていたアーサーの肉体をふたたび稼働させるために必要な魔力を供給していた、とは説明したはずだ。無理矢理とは違う。


「そんなにこだわるなんて、もしかして、チューするのはじめてだった?」


 ビレトはジト目になって、ドラゴンの右手の人差し指部分でアサヒの肩をツンツンとつつく。この程度なら痛みは感じない。本気でつつけば、容易に穴ができる。


「っていうか、今はアーサーの肉体っすから!」

「ふぁーすときっす、奪っちゃった?」

「新堂アサヒとしてはノーカウントっす!」

「へぇー……。アサヒ、頭はいいし、いけめん? だっていうし……あ、でも、妙にそわそわしてるよね。こういうお店、女の子と入ったことない?」


 こういうお店。男性向けのアクセサリーも作られてはいるが、メインは女性向けだ。暗に彼女がいない・・・・・・のではないかと疑われている。


「元いた世界とは違うっていうか、これみたいに、触ったら色が変わるみたいなギミックのあるアクセサリーって滅多に見ないっていうか。キョドってるんじゃないっすよ」

「キョドる?」

「挙動不審になるって意味っす」


 アサヒは手近にあったネックレスを指さした。チャーム部分が魔道具となっており、触れると色が変化する仕組みになっている。その日の気分やコーディネートに合わせて色を選択でき、売れ筋の商品だ。


「言い訳っぽいなー」


 ゲーミングハウスでの生活をしているアサヒに、彼女と遊んでいる暇はない。もちろん彼女のいるチームメンバーはいるが、ゲーミングハウスに部外者は立ち入ってはいけない決まりとなっている。


「そう言うビレトは王族っすから、許嫁っていうか、彼女の一人や二人ぐらいいるんっすよね?」


 言われっぱなしは癪なので、アサヒは反撃に出た。クライデ大陸の支配者、ドラゴンの血を継いでいて、他の王族に言い寄られてキスされるほどにはルックスのいいビレトのことだから、将来を約束している麗しいプリンセスがいてもおかしくはない。彼女も一人や二人ではなく、十数人規模でいるかもしれない。そのわりには、アサヒと出会ってから連絡を取り合っている様子はない。


「へぁ?」


 間の抜けた声が返ってきた。想像していなかった方向から言い返されて、これまで見たビレトの表情の中でもっともおかしな表情を浮かべている。


「将来的にミカドになる可能性がある、とくれば、女の子からしたら玉の輿っていうか、王妃になれる好機っていうか。放っておかないっすよね」

「ボクはその……分家筋だし……」

「でも、平民の生まれだったらそもそもミカドになれないっていうか、王位継承権すらないっすよ?」

「超優秀な兄さんがいたし……簡単な魔法も使えない落ちこぼれだし……」

「でもでも、こんなにかっこいいドラゴンの右腕と尻尾があるっす」

「これは……王族なら、その気になれば出せるし……」

「つまり、ビレトに彼女がいないと」

「いないよ!」

「人のことイジれないっすね」

「もう!」


 そんな二人の真後ろで「いつ声をかけようか」と様子を窺っている困り顔の青年の存在に、ビレトとアサヒが気付くまであと三分。



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