〈2〉

 竜絶剣。

 それは抑止力。


 ミカドの暴走を止めるべく、クライデ大陸のレマクルで生み出された伝説の武器である。正式名称はドラゴンスレイヤーブレードであり、武器の分類上はブレードとされていて、両手で握る。片手で握る剣はソードとされている。ブレードを片手で持ち上げられる者はいない。五年間の修行を積んだビレトであれば扱うことは理論上可能だが、しかしその竜絶剣がどこにあるのだか、まったく見当たらず、アサヒとビレトは二人して周囲を見渡してしまった。


「ここにはないぞい」


 ネコの姿をしているビレトの師匠、転生者のカブラギはにやりと笑った。想定通りの反応だったのだろう。


「ただで渡すわけにはいかないからの。二人の旅の成果を見せるのじゃ」

「ケチくさいっす」


 アサヒが毒づくと、カブラギは尻尾をくねらせた。ネコが尻尾をくねらせているときは、何らかを思案しているとき、らしい。


「今から二十四時間以内に、ロジンにある四十万山しじまやまの山頂まで行き、アカシロの花を摘んで、ここまで持ってくるんじゃ。アカシロの花と交換で、授けよう」


 北限都市ロジン。ここから向かうとすれば、二十四時間以内には行き来できない。徒歩では考えられない距離にある。しかもそのロジンの四十万山の山頂に登らなくてはならないとなると、三日はかかってしまう。


 その上、アカシロの花は摘まれてから三分以内に宝飾都市キャロルで作られているフラワーキープボトルに封じ込めなければ茶色くしおれてしまう。つまり、ここまで持ってくるためには、ロジンへと直行するのではなく、東のキャロルに寄ってそのフラワーキープボトルを手に入れる必要がある。西の果ての道場から東のキャロルまでの行程を考えると、歩きで行けるような道のりではない。クライデ大陸には鉄道や馬車といった乗り物はないので、移動魔法が使えないビレトは無理難題を押しつけられたということになる。


「師匠、ボクに渡す気ないでしょ!」


 なので抗議した。師匠は後ろ足で左右の耳を掻いている。ビレトの訴えには聞く耳を持たない、というポーズだろう。


「二十四時間以内っすよね?」


 一方、ビレトの隣でアサヒは腕を組んで考えていた。期限を今一度確認する。


「そうじゃよ。延長は受け付けん。間に合わなくば、ミカドになるなどという身の程知らずな夢は諦めるんじゃな」


 カブラギには一言も『ミカドになる』とは言っていない。ビレトも、アサヒもだ。ビレトが伝達魔法を使えて、アサヒの知らぬ間に師匠へと伝えているのならともかく、その線はない。道場に到着してから、それよりも前、学術都市プラトンでテントウムシを発見してから現在に至るまでにも話していない。それなのに、カブラギはビレトが『ミカドになる』べく『ミカドを倒すための武器』を用意してくれている。五年間ビレトの師匠として暮らしていたカブラギが、わざわざ手の込んだ嫌がらせをするだろうか。


「いいっすよ。絶対に戻ってくるんで、爪とぎでもしながら待っているっす」

「アサヒ!」


 慌てるビレトの左手を引いて、アサヒはカブラギに背中を向ける。もちろん、無策ではない。見得を切ってかっこつけたかったのでもない。


「道場を出たところから、タイマーをスタートするぞい。グッドラックじゃー」


 アサヒは振り返らなかったが、ビレトは振り向いた。カブラギの頭上に大きなデジタル時計が出現し、アサヒが一歩、道場の敷地内から敷地外に出た瞬間に動き出す。


「どうするつもり?」


 二人の出会いの場となった草原を歩き始めた。ビレトの半歩前をアサヒは進んでいる。


「村に行くっす」

「村?」

「ビレトも自分も移動魔法を使えないっすけど、それなら使える人に一緒に運んでもらうってのはどうっすか?」

「そっか!」


 ビレトは尻尾をピンと立てて「アサヒは頭いいねー!」と喜びを表現した。


 ここから一番近い村――コケムストリの養鶏場のある村ならば、サイクロプスを倒したことで村を危機から救ったビレトとアサヒに恩義を感じてくれている。そして、クライデ大陸の住民であれば移動魔法が使える。村からキャロルへ移動してフラワーキープボトルを購入するのを待って、次はロジンまで送り、アカシロの花を回収して道場前まで、のルートに同行してくれる協力者を募ろう。


「と、村に着くまでに、あのネコちゃんの話を聞きたいっす」


 特にこれといったモンスターが出現しない平和な道を進んでいる。アサヒは、これまで聞いていなかった師匠の話をビレトから聞き出すことにした。師匠のカブラギのほうも、ビレトが話しているものとばかり思っていたようで、本人の口からは何も聞けなかったぶん、もったいぶられている気がしてならない。


「師匠は転生者で、前のミカドの頃は親衛隊の隊長だったし、ああ見えてめちゃくちゃ強いし……父上のギルドの人と連続で戦って、百人抜きしてたし……」

「あのネコちゃんが?」


 うん、とうなずくビレト。どうやって剣を握るのか、想像できない。アサヒはただのシャムネコの姿しか見ていない。後ろ足で二足歩行すると仮定して、あの前足では、小さな石を運ぶのが限界だろう。


「あっ、わかったっす。浮遊魔法で剣を浮かせるっすね?」


 ビレトが浮遊魔法を得意としていることから導き出した推理は「違うよ?」と不正解にされてしまった。


「浮遊魔法と剣術の合わせ技はありかもしれない。転生者なだけあって、アサヒはクライデ大陸の住民にはできない発想をするよね。すごいよ」


 間違っているにもかかわらず褒められてしまい、アサヒは気恥ずかしくなって「答え、答えは?」と催促する。


「普段はあの姿だけど、師匠は本来人の姿だし。昔、ピタゴラってところであった内乱で、鎮圧しに行った人たちが呪いでネコの姿にされちゃってね。ああ、鎮圧はできたんだよ。ネコの姿でも魔法は使えるし。……で、そのあと、クライデ大陸一の大魔法使いのおかげで呪いは解けたんだけど、師匠は『ネコの姿がいい』って、親衛隊を辞めちゃって、あそこに道場を開いたんだってさ。後進を育てるためってことなら、辞めちゃう理由にはなるし」

「本来、っていうと、呪いは解けてるっすよね?」

「そう。だから好きなときに人の姿に戻れるようにはなってるし、たまに『転生するなら美少女の姿がよかったんじゃが、ネコで妥協しよう』って言ってたし」


 アサヒは自分の現在の姿、アーサーの肉体を眺める。特に不満はない。転生で性別が女の子に変わったらどうなるかを想像してみたが、アサヒは性別を変えたくて転生したのではなく、ビレトをミカドにし、元の世界の新堂アサヒに戻って大会に出場したいのだから、クライデ大陸での仮の肉体に愛着を持ったところで何かが変わるわけではない。仮は仮だから、借りている肉体はアーサーに返したいと思っている。


 ビレトが一つ結びにした長い黒髪を今一度撫でつけた。これも悪くない。


「気に入った?」

「髪切ろうと思ってたっすけど、伸ばそうかなって考えが変わるぐらいには」

「ホンモノのアサヒの顔って、どんな感じ?」

「アーサーには悪いっすが、アーサーよりはイケメンっすね」

「いけめん?」

「かっこいいって意味っす」




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