〈4〉


 北限都市ロジン。豪雪地帯。ここより北には都市がなく、人間の住める環境ではない。


 キャロルからロジンまでを移動させてくれた青年の荷物は、サーバルティガーの毛皮のコートである。到着するなり「初めて来たけど本当に寒い!」「温度差がえぐいっす。風邪引くっす」と青年からコートを二着購入することとなった。


「まいどあり!」

「商売が上手いっすね」

「へへっ。お兄さんたちの用事が終わるのと、おれっちのコートが完売するの、どっちが早いか勝負しましょうや。お兄さんたちが早かったら、お代は返すよ」

「タダってこと?」

「ミカドにはコートではなく恩を売っとかにゃあな」


 青年はカーペットのようなものを地面に敷いている。クライデ大陸では、首都テレスで商人の資格を取得すると、免許が発行され、敷物の範囲内で小さな店を開くことができる。


 商店や住宅の前といった通行の妨げになるような場所では開いてはいけないのだが、好きなタイミングで自由に商売ができるため、在学中に商人の資格を取得する者も多い。ただし、免許は更新制となっていて、半年に一度、所定の手続きを踏んで納付金を支払わなくてはならず、もし免許の更新を怠っているにもかかわらず商店を開いて売り買いしたことが発覚すると追加徴税がある。


「お店は持たないの?」

「そのうち! うちは父ちゃんも母ちゃんも、父ちゃんの父ちゃんの代よりずっと前から毛皮職人でさ。前は店に卸してたんだけど、そこが潰れちまってよー。新しい取引先を探すよか、おれっちが売りに行ったほうが、直接お客さんとこう、やりとりできるから、いいんだよな」

「そっか。完売するといいね」

「おうよ!」


 この会話の途中から、店を気にしているような素振りを見せているロジンの住民がいたので、ビレトは話を切り上げて四十万山に向かうこととする。アサヒもまた「自分らは二十四時間以内に道場まで帰らないといけないっすから、すぐ戻ってくるっすよ?」と宣言して、ビレトに続いた。


「あれが四十万山」

「見た目は富士山っすね」

「フジサン? 人の名前?」

「日本一の山っす」


 他に山登りをする者がいるのなら、便利な移動魔法で山頂まで連れて行っていただきたいところ。標高が何メートルあるのだかを存じ上げないが、行って戻ってで二十四時間以内は、徒歩では不可能だろう。


「また移動魔法を使ってもらおうとしてる?」


 ビレトに考えを読まれて、アサヒはうなずく。人っ子一人見当たらない。


「この山、移動魔法が使えない」

「まじっすか」

「だから、アカシロの花は貴重なものなんだ。四十万山の山頂にしか咲いてないし。お祝い事の時に渡されるんだよ。ボクも学校の卒業式でもらったし」

「……その、もらった花を師匠に渡すんじゃダメっすかね。ビレトのご実家に取りに行って」

「ダメだと思うよ」


 これからこの山を登らないといけないのかと考えると、途方に暮れてしまう。富士山のように途中まで車で登れるわけでもない。クライデ大陸に車は存在しないのである。ゴツゴツとした岩が転がっていて、険しい道のりになることは想像に難くない。


「ボクに策がある」


 ビレトは腰に吊り下げているラッパを、ベルトから外して左手で握り、アサヒに見せる。それから、マウスピースを唇に押し当てて「ぷおー」と吹き鳴らした。


「おお! アクションゲームで見たことある!」


 ビレトの浮遊魔法が音とともに拡散して、岩が浮かび上がる。宙に浮かぶ足場といえばアクションゲームでは定番中の定番といえよう。


「さっき、アサヒが『浮遊魔法で剣を浮かせる』って言ったじゃんか。それで閃いたんだよ。浮遊魔法は上方向にしか浮かばないんだけど、こうしていくつもある岩を山頂の高さまで浮かばせれば、あとは宙に浮かぶ岩の道を歩くだけ!」

「天才!」

「行こう!」


 手前は階段状にして登っていき、形成した岩の道を維持しつつ、ビレトとアサヒは意気揚々と山頂まで進んでいった。空中散歩のような心持ちである。鼻歌も歌いたくなる。


「その歌、何?」

「元の世界で流行っている歌っす」

「……ふーん?」


 流行ってはいるが、アサヒも詳しいわけではない。イントロクイズをされたら、曲名は出てきても歌手名は出てこないだろう。スクリムの合間にチームメンバーの晴翔が歌っているので、つい覚えてしまった。


「クライデ大陸には、歌手とかアイドルとか、ミュージシャンとかいないっすか?」

「それって何?」

「何って、歌を歌うお仕事っすかね」

「歌、ミカドを讃える歌みたいな、儀式の時にみんなで歌う歌しか知らない。学校で習う。歌を歌うのが職業の人はいない……」


 アサヒは合唱曲を思い浮かべた。あるいは映画で観たことのある、ゴスペル隊。それから、先ほど使用したビレトの楽器に視線がいく。


「ビレトの持っているラッパみたいに、楽器があるってことは、音楽は存在しているっすよね? 演奏家がいたりとか、音楽団とかはないっすか?」

「必要になったときにやりたい人を集めて、その人たちで練習して、本番」

「そういう文化っすか」

「固定のメンバーで演奏してもらったほうが、揃っていていいかも。練習する機会を増やせば、上手になっていくし。たまにすごい下手な時あるし。……ボクがミカドになったら作ろうかな。音楽団、っていうの?」

「ビレト音楽団っすね」

「ボクの名前を付けるのは……ちょっと恥ずかしい……」

「ならアサヒでもいいっすよ」


 こうして会話しながら到着した先には、アカシロの花が一面に広がっていた。本来ならば、厳しい山道を登り切った者のみに拝むことが許されるご褒美のような絶景を目の当たりにして、二人はそれぞれ「きれい」「写真撮りたいっす」と平凡な感想を述べる。山頂は雲の上となり、雪は降っていない。


「赤と白の花でアカシロっすか。確かに、めでたい感じっす」


 四十万山の一部の魔法を通さない気候が生み出す紅白は、摘んでからフラワーキープボトルに保管しないとすぐにしなびてしまうこともあり、いまだにその原理は解明されていない。その未知の側面が『まだ知らぬ新しい世界に向かう人への励まし』と解釈されて、お祝いの花として用いられている。


「アサヒ、ボトルのフタ」

「ほい」

「そりゃっ」


 カブラギは本数の指定はしていない。とはいえ、一本あれば十分と考えて、ビレトは一本を摘んで、フラワーキープボトルに封じ込めた。


「こんなにきれいなら、お弁当を持ってきてピクニックしたかったっすね。今回は急いでるから、考えてもみなかったっす」


 アサヒがぽろりと口にした言葉へ、ビレトは「また来たいの?」と問いかける。転生者であるアサヒには、目標がある。ビレトをミカドにしたら、元の世界へ戻らねばならない。大会に出なくてはならない。プロゲーマーとしての日常が、アサヒの帰りを待っている。


「……ああ、いや、この景色とは、もう二度と会えないっすね。ちゃんと覚えておかないと」








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