〈2〉

「アサヒは知らなくて当然だけど、実はね、あの辺には、ほんとはサイクロプスはいないんだよ……いるって知っていたら、あんなところで一休みしないし」


 ビレトが補足した。考えてみれば、武器らしい武器を持ち歩いておらず、魔法も浮遊魔法しか使えないビレトには対抗手段がない。ドラゴンのツメは、アサヒが奮起させたことで使用可能になったものであり、あの場にビレトだけしかいなかったらコケムストリの村まで全速力で走って逃げるほかに助かる方法がなかった。一般的には、伝達魔法で近隣の都市のギルド本部に救援を送る。もしくは自分で攻撃魔法を唱えて撃退する。


「道理で一体しかいなかったんっすね」


 アサヒは自分の仮定が正しかったことを今更ながらに知って、にやりと笑う。物見やぐらの上で、サイクロプスがアサヒとビレトを集団で襲ってこなかったことから単独犯だと推理していた。


「サンダースさんの養鶏場の天井をぶち壊してコケムストリを盗んだのが夜で、その前に、誰かが葦の草原にサイクロプスを呼び出した……何の目的だろう?」

「サイクロプスって、東のカールトンネルに生息しているモンスター、のことですよね?」


 ケイが情報を追加してきた。葦の草原は、ビレトとアサヒが出会った場所の名称だ。人間を襲うような獰猛どうもうなモンスターは出現しないとされており、だからこそ野生種のコケムストリがエサを求めて地面をつつき回っている。


 対してカールトンネルは、剣や刀から台所の調理器具までを製造するための原材料である鉄鉱石の採掘場だ。一階から上は魔法によって整備されているが、地下はモンスターの生息地となっている。


 まれにモンスターが地上に進出してくるので、カールトンネルに最も近い中立都市ゼノンのギルドが、都市部まで侵攻されないように、治安維持の名目で戦っている。


「前に、兄者はサイクロプスを研究している、と言っていました」

「つながってきた!」


 喜ぶビレトの横で、アサヒはいたって冷静に「生息地がわかっているのなら、その、カールトンネル、ってところに行けばいいだけっすよね。あの草っ原に召喚する必要なくないっすか?」と指摘する。


「……やっぱり、あなたはおれの兄者ではないですね」


 肩をすくめるケイ。悲しげな顔を見ても、アサヒの中の兄者・・は無反応だった。兄者、兄者と慕ってくれている弟にこんな表情をさせてしまっているのだから、うんとかすんとか言ったらどうなのか、と毒づきながら、来客として飲みきらねばならぬ使命感のもと、アサヒはフレーテス水をずるずるとすする。


「同じ人間でも、住んでいる地域によって違うように、モンスターも生息域に順応するように進化していく――というのが、兄者の持論で、クライデ大陸のモンスターの中でも、人型に近いサイクロプスに着目したんです。あのパワーと、体格のよさを、どうにかしてクライデ大陸の発展のために活用できないかを、研究していました」


 見上げるほどの巨体を思い出す。


 この世界には魔法はあるが、世界の全てを魔法でまかなうには限度がある。上限値の問題だ。一日に使える魔力には限度があり、回復薬でブーストしながらでも作業するぐらいなら、その日の作業は中止して、休息を取り、明日に持ち越したほうがいいとされている。


「カールトンネルの地下を根城ねじろにしているサイクロプスには、毒があると言われています。その毒が人間の体内に入ってからしばらくすると、猛烈な腹痛に襲われて、死に至るんです」


 猛烈な腹痛に襲われる、毒。


「つながってきたっす」


 アサヒが、さきほどのビレトのセリフを拝借した。ビレトもアサヒも、この目で一部始終を目撃している。


 ロバートの症状と同じだ。死に至る腹痛。毒。


「兄者は、カールトンネル内のサイクロプスを捕獲して、毒を生成する仕組みを解明しました。その仕組みは日の光にあてると崩壊することもわかったと聞いています」


 三年生のケイが、兄者の代わりに研究内容を語ってくれる。しかも、ビレトとアサヒから得た情報も踏まえて、二人にとって有益であろう部分だけをかいつまんでまとめてくれた。兄者は嬉々として弟に説明してくれていたのだろうな、とない記憶がねつ造される。


「つまりは、ケイの兄者はサイクロプスを無毒化すべく、近隣の村やその住民に被害をもたらさないような安全な場所を選んで、サイクロプスを呼び出して、魔力切れで倒れた……ってことっすか?」


 アサヒは自分で話していて、なんとなくの違和感を覚えながら、それでも最後まで言い切った。クライデ大陸の医者も、アサヒが元いた世界の医者のように、医学部に相当する医療専門校に進学するような人間だ。自らの魔力の上限値を知らずに、自滅するような、そんな間の抜けた人間とは思えない。しかし、事実として、ケイの兄者であるアーサーは葦の草原で魔力切れを起こして死んでしまった。死んでしまったから、女神サマにより、その“器”にアサヒの魂が押し込まれたのだ。


 うつ伏せに倒れ、野生種のコケムストリに取り囲まれていた。ビレトのディープキスにより魔力を回復して目覚める。目覚めてからは、肉体はアサヒが自由に動かせるようになっていた。目覚める前の記憶は、女神サマからの『銀髪の少年をミカドに導く』といった指令と、妙に生々しい舌の感覚しかない。それ以前を遡ろうとすると元の世界の記憶となってしまう。アーサーの記憶はどこにもない。


「おれの知っている兄者なら、魔力切れを起こさないよう対策していきそうなのですが……」

「自分が兄者なら、その、召喚魔法? を使いながら回復薬も使うっす。魔力が切れると倒れるってわかっているならなおさらっす」


 黒髪に翡翠色の目をした兄弟が納得できずにいると、ビレトはごきゅりごきゅりと音を立てて、喉仏を上下させながら、フレーテス水を一気飲みした。


「ボクとアサヒがあそこで出会うのは『運命』だったって、アサヒも言っていたし、どんなに頭が良くたって失敗することだってあるし……」


 喋り出すも、途中からケイににらみつけられて徐々にトーンを落としていく。


「おれ、兄者が悪いやつの罠にかかったんじゃないかって、疑ってます」

「自分もっす。……兄者の研究室に案内してもらえないっすか?」

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