〈1〉

 クライデ大陸は、四方を海に囲まれたひとつの大陸である。かつては小さな都市国家が乱立していたが、一頭のドラゴンが総ての都市国家を制圧する。大陸は名実ともに一つとなった。


 ドラゴンは首都をテレスに定め、自らの城を建て、それから“ミカド”という単語に「クライデ大陸の支配者」という意味を持たせた。クライデ大陸における王政の始まりである。


 初代のミカドは都市を再設定し、側近たちをそれぞれの都市に配置して統治を任せた。面倒ごとがあればテレスに置かれた裁判所にて、ミカドが善悪を判定する。


 ドラゴンは人間の姿となって、クライデ大陸に住まう人間との間に子を作った。のちに男の第一子は完全にドラゴンの姿を取ることができ、第二子以降は肉体の一部をドラゴンのものに変化させることができる、と判明する。これは男性の場合のみで、女性にはドラゴンの特徴は引き継がれない。第一子が女の場合、第二子以降に男が生まれたときに完全なドラゴンの姿を取るようになる。


 ドラゴンはクライデ大陸の支配者の代名詞である。

 したがって、初代のミカドの血を継ぐ者たちにのみミカドの継承権が認められている。


「ボクにも継承権はあるっちゃある、が」


 魔力不足から復帰した黒髪の少年に「お前をミカドにする!」と興奮気味に叫ばれたものの、銀髪の少年は自嘲気味に笑っている。


「分家筋だし、落ちこぼれだしで、ミカドになるなんて言ったら、すんごい反対されると思うよ。身の程をわきまえろって、怒られちゃう。兄さんが言うならともかく」

「兄さん?」


 黒髪の少年が首をかしげる。身丈は銀髪の少年より高く、顔も大人びて見えるが、実年齢が銀髪の少年より下なのだろうか。


「カミオって、知らない?」


 銀髪の少年が兄の名前を挙げる。同世代でこの名前を知らないのだとすれば、その人は学校に通っていない。親が直接魔法を教えるようなご家庭か、あるいは独学で魔法を習得しようとする変わり者だ。たいてい、いずれも失敗して、中途半端なタイミングで学校に編入学する羽目に陥る。


 黒髪の少年はその名前を復唱してから「……自分は記憶喪失みたいなものになっていて、この世界のことがちっともわからないんっす」と困ったような顔をして答えた。


「記憶喪失!」


 人間の記憶に直接手を加える忘却魔法は、複雑で高度な魔法とされている。手順を間違えると、使用者にダメージが跳ね返ってくるといった厄介なもので、それゆえに使用者はクライデ大陸一の大魔法使いのメーデイアぐらいなものだ。


「記憶喪失っていうか、自分は元々、別の世界にいた人間で。前知識なしでこの世界に転生してきたっていうか、そんな感じっす」


 黒髪の少年は、自らの身体をまじまじと観察しつつ、つらつらと話してくれた。状況から鑑みて、銀髪の少年が助け起こしてくれたと推察した上で、事情を伝えている。


「女神サマに『銀髪の少年をミカドに導いてね!』と頼まれて、転生してこっちに到着した矢先に、頭痛くてぶっ倒れたんっすよ。その『銀髪の少年』を捜さにゃならんっていうのに……。そしたら、お前のほうから来てくれた。これは運命っすね」


 手や腕、足を見てから、自分の頭に手を伸ばし「あれ、髪が長い?」と髪を数本つまむと、その先端部分を物珍しげに見つめている。黒髪の少年は、転生する前の世界でここまで髪を伸ばしたことはない。


「……女神サマの言う『銀髪の少年』って、ボクではなくて兄さんのほうかも」

「カミオって人っすか?」

「そう。兄さんはボクと違って超優秀だったし、兄さんが『ミカドになる』って言うなら、みんな大賛成だよ」

「なら、その超優秀な兄さんに会わせてもらえないっすか?」


 銀髪の少年は、嘘偽りなく、この黒髪の少年にこの世界の知識がないのだと気付かされた。別の世界から来た人間に違いない。


「兄さんは今、修行の旅に出ていて、帰ってくるまで会えない」

「呼び戻せないっすか?」


 本当に知らないようだ。呼び戻せるのなら、とっくに呼び戻している。呼び戻して、それこそ、次のミカドとなっていることだろう。


「兄さんは超優秀だから、待ってたら帰ってきてくれるよ」


 王族の長男は十二歳の春に別の世界へと修行の旅に出なくてはならない。フェネクスの頃に決まり、今日こんにちまで通例として執り行われている。盛大なパレードと壮大な儀式で送り出されるが、誰一人として帰ってきた者はいない。


「それっていつ?」

「さあ……」

「さあ、じゃ困るっす。自分は、明日にでも帰らなくちゃいけないのに」


 黒髪の少年は、かすかに見えた希望が遠ざかっていくような気がして、がっくりと肩を落とした。しかし、女神サマは『銀髪の少年』としか言っていない。黒髪の少年の前にいる少年も銀髪だ。


「お前の名前は?」

「ビレト」

「……聞き慣れないのは、俺が日本人だからっすかね」


 王族は慣例として悪魔の名前を名乗る。カミオは知り合いにその名字の人物がいるので聞き覚えがあったものの、ビレトにはない。


 とはいえだ。異世界に来たのだから、異世界の文化になじまなくてはなるまい。黒髪の少年は脳内で何度か呼びかけて、この銀髪の少年とビレトという名前をひも付けた。


「キミは?」

「新堂アサヒ。アサヒでいいっすよ」

「なんで急に名前を?」

「お前の兄じゃなく、お前をミカドにしないといけないから。今後ともヨロシクってことで。ビレト」

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