破門ドラゴンの下克上
秋乃晃
失意の底で希望を拾う
強制終了から始まるストーリー
白く光る恒星が青空のど真ん中で煌めく頃。その輝きを銀色の髪で跳ね返しながら、紅の瞳の少年は下を向いて歩いていた。少年は衣類をまとめた麻袋を背負っていて、腰には巾着袋と、一尺ほどのラッパが吊り下がっている。これらが少年の全財産であった。
行き先を決めかねている。
先刻、剣術を学んでいた師匠からは「もうおぬしに教えとうない! 破門じゃ破門! とっとと荷物をまとめて実家に帰れ!」と宣告されたばかり。
先月、実家から道場へと届いた手紙には、少年の健康を気遣う母親のメッセージとともに『にいちゃん、しゅぎょうがんばってね』と添えられていた。まだ学校に入学していない弟の、つたない文字だ。修行を始めてから一度も実家に帰らせてもらえていない。親元を離れ、甘えられない環境下に我が身を置くことで剣の道のみが見える、というのが師匠の弁だ。
「……まったく。まだ五年しか修行してないってのに……」
口を開けば文句がこぼれ落ちてくる。
誰に宛てたものでもない言葉が風に流されていった。
戻ってあのハゲに頭を下げるのは自身の
悲しむのは弟だけではない。西の果ての
少年の父親はクライデ大陸の首都であるテレスにて、ギルドの本部を運営している。ギルドとは『冒険者』たちが集まったグループのことで、少数精鋭の三人組から男女三十人ほどの大所帯まで様々だ。これらのギルドを取りまとめているのがテレスのギルド本部になる。
ここでの『冒険者』とは、荒くれ者を聞こえがいいように言い換えたものである。その有り余る暴力を人間ではなくモンスターたちにぶつけて、憂さ晴らししている。
都市の外に出て、モンスターを倒せば、犯罪行為にはならない。人間や人間の所有物を壊すと罪に問われるが、モンスターの生命を奪ったり生活拠点を崩したりといった暴力は賞賛されるのだ。
ギルド同士の諍いや冒険者たちの間でのトラブルの仲裁に入るのが、ギルド本部の主な仕事となる。報酬が多いだの少ないだの、先に厄介ごとを請け負ったのはこっちなのにそっちがモンスターを退治しただの。
血気盛んな連中を黙らせる職務に就いている
「……はあ」
少年は手頃な岩を見つけて腰掛けた。小一時間、行ったり来たりを繰り返していれば、五年間の修行で鍛えているとはいえ疲れてしまう。考えがまとまらず、足だけでなく頭も痛い。
この辺一帯には草原が広がっていて、温厚な草食モンスターしか生息していない、とされているので、安全に休憩を取れそうだ。背中の麻袋の中に埋もれた水筒を取り出して、水を飲む。
少年にとっては五年
一服して落ち着いてから、これまでの『修行』を冷静に振り返る。走り込み、滝行、スクワット、腕立て伏せ、薪割り、腹筋、もも上げ、素振り。学校を卒業して弟子入りする前と、五年後の現在の少年とで、身長は変化していないが筋肉量は増加している。服は買い直した。
「ボクはその、晩成型だから……五年では『才能』が開花しなかったってだけで……」
クライデ大陸一の大魔法使いに「あなたには『才能』がある。この世界を変えてしまえるほどの、ね」と告げられた。少年が、この世に生まれ落ちてから十年目のある日の話だ。修行の日々にくじけそうになったとき、大魔法使いのお告げは心の支えとなった。
破門されて道場から追放された今。
その言葉が真実だったのか、疑ってしまいそうになる。
「いや……そんなことは……」
大魔法使いのお告げは、王族の血を引いている者であれば、一度は耳にすることになる。少年の家系は三代目ミカド(※クライデ大陸の支配者を『ミカド』と呼ぶ)のフェネクスから連なる王族であり、少年の父親も大魔法使いから「あなたは
「いつその『才能』は開花するんだよお、メーデイア様……」
大魔法使いの名前をつぶやいても、ご本人は目の前に現れてくれない。
代わりに、体毛に緑色のコケが生えている鳥が三羽現れた。コケムストリである。コケムストリの野生種は群れを作り、えさ場を探して飛び回る。西の村にいる家畜化されたコケムストリは空を飛べない。飛んで逃げられないように腱を切られてしまうからだ。
「持って帰ろうかな……」
家畜化されたコケムストリよりも野生種のコケムストリのほうが美味らしい。理由としては、固定のえさではなく様々なえさを食べているからとも、飼育場ではなく広範囲を飛び回るからとも言われている。
少年はテレスのギルドの冒険者に鉢合わせする危険性に思い至った。このままあてもなくさまよい続けていれば、起こりうる出来事だ。彼らから父親に告げ口されてしまえばおしまいだ。実家に強制転送になる。
ならば、せめて手土産を持って自主的に帰るべきではないか。
実家に戻り、弟子としてではなく自学自習で剣術を極める。父親や弟に何を思われようと気にせず、いずれ『才能』が花開くのを待つ。修行はどこでだってできるはずだ。
「む」
忍び足で近づくと、コケムストリが布のようなものを夢中になってつついている。布のようなものをよくよく見ると、黒い――髪の毛?
「だ、大丈夫ですか!」
脳内の優先順位は、コケムストリの捕獲より倒れている人間の救助が上になった。少年が大きな声を出して駆け寄るとコケムストリたちは逃げていき、うつ伏せの人間だけが残る。
仰向けにする。死んではいない。気を失っているだけで、脈はある。
胸の位置まである黒髪の少年だ。
獰猛な肉食のモンスターは出現しないことで有名なエリアで、こうして倒れているとなると、推測される原因としては魔力切れだろうか。魔力切れで倒れているのだとすれば不足した魔力を補給させれば回復する。あいにく回復薬は持っていない。一日寝かせれば魔力は回復するのだが、いくらなんでも野外には寝かせておけない。放っておけば他の人が通りかかって助けてくれる、かもしれないが、銀髪の少年は見つけてしまったものを放っておけるような性分ではなかった。
そのコケムストリを育てている村まで連れて行ってもいいのだが、素性がわからない人間を背負っていって受け入れてもらえるかが怪しい。
治癒魔法という手はあるが、学校で学んだきり使っていないのでうまく使えるかの自信がない。そもそも各種魔法学は赤点ギリギリだった。恩情で卒業させてもらったようなものだ。
「なんとかなれ!」
自身の魔力を相手に分け与える。銀髪の少年がこの場で思いつく解決策はそれしかなかった。黒髪の少年に口づけする。魔力は唾液にも含まれているので、これで意識を取り戻すはずだ。
これで目を覚まさなければ次は『呪い』の疑いがあり、都市にいる治癒魔法専門の医者に連れて行くしかない。治癒魔法専門の医者にも対応できる『呪い』と対応できない『呪い』があるので、次にどの都市に行かねばならないかの相談を請け負うのもその医者の仕事になっている。
「――!」
そこまで世話を焼かずとも、黒髪の少年は目を覚ました。翡翠の瞳が銀髪を捉えて「銀髪……紅……」瞳の色も確認するようにつぶやく。
それからがばりと上体を起こして、銀髪の少年の両肩を掴むと、こう叫んだのだ。
「お前をミカドにする!」
と。
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