第35話 胸に刺さるのは──
「お誕生日おめでとう!!」
広間のテーブルにずらりと並べられた数々の料理。
どれもシリウスが好きなものばかりで、真ん中でその存在を主張する大きなケーキは、私と料理長で作り上げたものだ。
チョコレートでコーティングしたケーキの上には、チョコ細工のピンクの花を飾りつけ、銀色のトッピングの雨を降らせた。
これも私とシリウスをイメージしたもので、料理長が提案してくれたものだ。
テーブルの上もところどころに青と白とピンクの花が飾りつけられ、華やかな空間を演出している。
パーティのように騒がしくはなく、だけどパーティにように華やかで美しい。
カルバン公爵家の皆がシリウスのために頑張ってくれたものだ。
「ありがとう。とてもうれしいよ。使用人の皆にも、後でお礼を言わないといけないね」
その言葉に私は思わず部屋に住みに控えているポプリと視線を合わせにっこりと微笑み合った。
「ふふ。今日は使用人のダイニングにも同じものを置いているのよ。皆、たくさん朝から頑張ってくれたから。それに、シリウスならそうしたいかなって思って」
そのために厨房はいつもの倍の量を作ることになったし、私も使用人用にもケーキを作ることになったのだけれど、たまにはこういうことをしても良いだろう。
「さすが。私のことをよくわかってるね。嬉しいよセレン。本当にありがとう。さ、私の膝に──」
「ロゼさんも来るんだからダメよ」
「えぇー……」
誕生パーティの前にロゼさんにも声をかけているけれど、「すぐ行くので始めていてください」と声だけが返って来た。
朝あってから一度も部屋から出ることなく籠っていたロゼさん。
いつもは屋敷内を探索したり、広間やテラスでおやつを食べたり、何かしらしているというのに、一体どうしたのだろう。
「じゃ、今夜の楽しみにとっておこう。今夜のために至急の仕事だけ騎士団で片付けてきたからね。久しぶりの二人の時間、楽しみにしてるよ」
このとろけそうなほどの微笑みを、一体どれだけの人が見たことがあるだろうか?
女性に優しい紳士なシリウス。
いつも女性に対して優しい笑みを浮かべているけれど、ここまでとろとろの微笑みを浮かべることはまずない。
妻の特権、だと思ってもいい?
私にだけくれる笑顔だって、うぬぼれてもいいかしら?
──ほとんどの料理がお腹に入って、私たちは食後のケーキをいただきながら談笑していた。
二人で食事をして話をするなんて、いつぶりだろうか?
あとはケーキを食べ終えて、背に隠しているプレゼントを渡すだけ。
喜んでくれると良いなぁ。
私がケーキを一口口に含んだ、その時だった──。
「遅れてしまってすみません」
カツカツと高いヒールの音を響かせながら小走りで現れたのは、美しく豪華に、そして露出高めのドレスに着飾ったロゼさんだった。
「ロゼさん、その格好は……」
「素敵でしょう? いつかここぞという時に起用と思って、お客さんに買ってもらっていたんです。シリウス様のお誕生日パーティですもの。今だ、と思って」
にしても肩から胸元深くまでぱっくりと開いているし、足元は深いスリットが入って、ちらちらとその艶めかしい足がのぞいている。
どう見ても肌の露出が多すぎる。
私が眉を顰めるのも気にすることなく、ロゼさんはシリウスの席まで足を進めるとにっこりと笑ってリボンでラッピングされた袋を彼に差し出した。
「シリウス様、お誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです」
「え、あ、あぁ、ありがとう」
戸惑いながらも受け取るシリウスにロゼさんが「早く開けてみてください」と急かす。
そしてシリウスがゆっくりとリボンを解き、中のものを取り出すと──。
「!!」
「それ……っ!!」
鼓動が早く、胸の壁を強く打ちつける。
シリウスが取り出した“それ”から目が離せない。
「ふふ。朝から頑張って刺繍をしたんです。剣帯。元々刺繍は得意で、いつか好きな人に贈りたいなって思っていたから、材料もあってよかった。素敵でしょう?」
シリウスの手に取られた剣帯に施されたカルバン公爵家の紋。
そして周りには星。
私が作ったものより、とても綺麗で、そして、豪華だ……。
ガサリ……と後ろ手に背もたれに置いたままのプレゼントに触れる。
あのクオリティのものを一日で作り上げるだなんて……私にはできない。
顔面から一気に血が引いていくように感じられた。
私の状態など気にすることなく、ロゼさんがにこやかに続ける。
「この星は、ここに来る途中一緒に行ったシレシアの泉で見た、泉に映った星をイメージしたんです。ロマンチックで素敵でしたもの」
「────────え?」
今、なんて言ったの?
シレシアの泉に、一緒に行った?
そこは……そこは私と、新婚旅行で行く予定だった……。
私がシリウスと行くのを楽しみにしていた場所──。
何で?
どうして?
目頭がじんと熱くなる。
「私、あそこに行くと記憶が戻りそうなんです。また一緒に行きましょうね、シリウス様」
「すまないがそれは──」
ガタン──!!
大きな音を立てて、私は立ち上がった。
全てを知るポプリが心配そうな眼差しで私を見るけれど、もうこれ以上聞きたくない。
ここにいたくない。
どうしようもなく、裏切られたような気がした。
「ごめんなさい。私はお邪魔みたいだから、失礼するわね」
「は? せ、セレン!?」
私はにっこりと笑って、足早に広間を後にした。
プレゼントを、背もたれに置いたまま──。
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