第34話 セレンの色

 そしてシリウスの誕生日当日。


 私が起きた時にはすでにシリウスの姿はなかったものの、枕元には『今夜、二人で話すのを楽しみにしているよ』と丁寧な字で書かれたメモが添えられていた。

 シリウスも二人の時間を楽しみにしてくれている。

 そう感じられて、朝から胸が躍る。


「よし……!! シリウスの誕生パーティ、素敵なものにしなきゃ……!!」


 ***


「──ポプリ、広間のお花は白と薄い水色のものをお願い。ホールの花はそれにセージを足して、落ち着いた雰囲気にできるかしら? あぁ、花瓶は銀でお願い」

「まぁ、素敵ですわ。シリウス様の色とカルバン公爵家の色、ですわね。どの色も、聡明なシリウス様にぴったりですわ」

 誇らしげにポプリが笑う。


 薄水色と銀はシリウスの瞳と髪の色。

 白は大鳥、それにセージといえば、カルバン公爵家の紋だ。

 賢く清廉潔白で強く誇り高いシリウスは、カルバン公爵家の誇りだと私も思う。


 会場の飾りつけの指示はとりあえずいいわね。

 あとは調理場──。


「あら? なんだか賑やかですね。何か催しでも開かれるんですか?」

 あくびをしながら現れたロゼさんの姿を見た瞬間、ポプリが顔をしかめる。


 それもそうだ。

 ロゼさんの今の格好は、薄いキャミソールワンピース──つまり肌着一枚なのだから。


「ロゼ様。そのようなお姿で屋敷を歩かれては、カルバン公爵家の名に傷がつきます!! きちんと服を着てお部屋から出てくださいといつも言って──」

「だって、今日は朝からシリウス様はお仕事に行かれたっていうから……。着飾っても仕方がないではないですか? ここにいらっしゃるの、セレンシア様だけですし」


 それはどうとればいいんだろうか?

 気を楽にしていられるということか、それとも私だから何も気にする必要はないということなのか。

 いずれにしてもさすがにポプリにばかり任せてはいられない。

 あまり言ってはこなかった私にも非があるけれど、今は私がこの屋敷の女主人だ。

 言うべきことを言う義務がある。


「シリウスがいようがいまいが、きちんとした姿でいてください。ここはカルバン公爵家。あらぬ噂が立てば、シリウスの沽券にかかわります」

 私がそう言うと、ロゼさんはわずかに眉を顰めて口を開いた。


「むぅ、わかりましたわ。善処いたします。ところで、皆さん朝から忙しそうにされていますけれど、何かあるのですか?」

 そこで初めて、シリウスの誕生日についてロゼさんには言っていなかったことに気づいた。

 さすがに一緒に暮らしているのだ。

 仲間はずれにするのは感じが悪い。


「今日はシリウスの誕生日なんです。夜はささやかながらお祝いをするつもりなので、皆で飾り付けをしているんです。シリウスは盛大な誕生日パーティは嫌がるから」


 一応、公爵令息なのだからと公爵夫妻がパーティを開いても、いつも一瞬顔だけ出すとすぐに会場から出てどこかしらで眠っていた私の傍にいた。

 ……あれ?

 もしかしてシリウスがパーティ会場から抜け出してたのって、私がいつもどこででも寝てたのが原因なんじゃ……?


 とんでもない可能性に気づいた私に、ロゼさんがふぅん、と小さく声を上げた。

「そうなんですかぁ……。じゃ、私は邪魔をしないように、しばらく部屋にこもっていますね。失礼しますわ、セレンシア様」


 ロゼさんは美しく微笑むと、私に背を向け、また滞在している客室へと帰っていった。


 ***


 その後私は厨房で料理長とケーキを作り、あっという間に空に闇色のカーテンが降りた。


「あら?」


 広間に飾り付けられた花を見て、私は立ち止まった。

 銀の花瓶の中に薄い水色と白の花。

 それに囲まれて、真ん中に薄ピンクの花が混ぜ込まれている。


 確か私がお願いしたのは、薄水色と白の花だったと思うのだけれど──。


「セレンシア様」

「ポプリ。これ──」

 戸惑う私の視線に気づいたポプリが、目尻の皺を深くしてくしゃりと笑った。

「ピンクはセレンシア様の色、でございます」

「私?」


 私の、色?

 あぁ、私の髪の色──ピンクゴールドのことかしら?


「シリウス様に愛され、シリウス様を幸せにしてくださるセレンシア様を、どうしてもここに入れたかったのです」

「ポプリ……」


 シリウスと、私の花──。


「……ありがとう、ポプリ。すごく──すごく嬉しいわ」


 一緒にいても良いんだよ。

 そう言われた気がした。


「セレン」

「!! シリウス!!」


 突然後ろから声をかけてきた男の声に振り返ると、そこには騎士服姿のシリウスが立っていた。


「おかえりなさい、シリウス」

「ただいま。セレン。うん、なんかいいな。家に帰ったら可愛い妻がお帰りって言ってくれるの」

 そう甘ったるく笑って、私の頬をさらりと撫でたシリウスに、顔が熱くなる。


「そ、それより早く着替えてきて。準備はもうできてるからっ。皆で頑張ったのよ。このお花も、ポプリが素敵に生けてくれたり──」

 私が言うと、シリウスの瞳が飾られた花を映し、柔らかく細められた。


「すばらしいね。私とセレン、それにカルバン公爵家の幸せが見えるようだ」

「!!」


 何も言っていないのにそれを読み取ってくれた。

 些細なことだけれど、心がぎゅんと暖かさを帯びて締め付けられる。


「着替えてくるね。いい子で待っていて、セレン」

 そう言ってまた私の頬をひと撫ですると、シリウスは階段を上って自室へと戻っていった。


「~~~~~っ」

「よかったですわね、セレンシア様」


 ぷしゅ~っと音を立ててしゃがみ込む私に、ポプリがまた、くしゃりと笑った。




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