第32話 初夜のお誘いじゃありません


 瞼がただ、重い──。


 疲れているのかしら?

 それとも最近はレゼロの料理もあまり味わうことができないままにさっさと食べて部屋に戻ってしまっているからかしら?


 なんだか甘いものが食べたい。

 とっても甘くて──優しい味の──……。


「ケーキ、買ってきて……むにゃぁ……」


 ***


「!!」

 目を開けるとすぐ、私の目に落ち着いたブラウン調の天井が飛び込んできた。


 カルバン公爵家ではないその天井の色に、私は重い身体をゆっくりと起き上がらせながら辺りを観察する。


 どこだろう、この部屋は。

 全く覚えのない家具や絵画などの調度品に首をひねっていると、かちゃりと小さな音を立てて扉が開いた。


「目が覚めましたの?」

「え……あ……」


 入ってきたのはメイリー様。

 ということは、ここはストローグ公爵家?


「!! ま、まさか私、また寝て──!?」

 私の言葉にメイリー様が頷いて、その瞬間、血の気が引いていくのがわかった。


 今までは自分の家かシリウスの家、もしくは学園の裏庭でだけだったのが、まさかストローグ公爵家でもだなんて……。

 最近眠気が来ないから油断していた。


 すると愕然とする私の前に、白い箱が差し出された。


「まぁ、突然で驚きましたけれど、お医者様は寝ているだけだとおっしゃっていましたし、貴女の力については聞いていましたから、大丈夫ですわ。それより、身体、もう平気でしたら、これを食べますわよ」


「へ?」


 食べる?

 とするとこの中身は食べ物?


「ケーキですわ。あなたが寝言で『ケーキを買ってきて』だなんて口走って、私が買いに行く羽目になりましたのよ。まったく……。感謝なさい。最高級のものを買ってきて差し上げたのですからっ!!」

「え……」


 や……やらかしたぁ~~~~~~~~!!


 ***


 それから私のはメイリー様に平謝りした。


 突然他家で寝て心配をかけ、お医者様まで呼んでいただいたうえ、【寝言の強制実行】の力まで発動してよりにもよってメイリー様を小間使いにしてしまうだなんて失態を犯した私に、「本当に、とんでもない力ですわ」と言いながらも「別に迷惑とかではないですけれど」と言ってくれたメイリー様には感謝しかない。


 今度お詫びと感謝の気持ちを込めてケーキを焼いて伺おう。



 ──日も暮れてきた頃、そろそろお暇しようとしたところでカルバン公爵家の馬車が迎えに来た。

 そして──。


「セレン!!」

「シリウス!?」


 迎えの馬車から現れたキラキラエフェクト増し増しの貴公子に、私は驚きの声を上げた。


「どうしたの? 急に……。今日も遅くなるんじゃ……」

「騎士団長が手が空いたからって書類を手伝ってくれてね。すぐに帰ることができたし、早く可愛いセレンの顔を見たくて迎えに来たんだ」


 爽やかな笑顔でさらりと甘いセリフを吐いてくるシリウスに、頭を撫でられて喜んでいる自分がいる。

 簡単な女だ。


「この様子でしたら、何も心配はありませんわよ」

「メイリー様」

 一連の私達の姿を見ていたメイリー様が私の背をぽんと叩いて、行きなさいと言わんばかりに後押しする。


「ストローグ公爵令嬢、妻がお世話になりました」

「いいえ。楽しいひと時でございましたわ。セレンシア様、またいつでもいらして。話を聞くことぐらいはできますから」

「はいっ。ありがとうございます……!!」



 メイリー様の言葉に、私は笑顔を返して頭を下げると、シリウスと共にストローグ公爵家を後にした。


 ***


「むー……」

「し、シリウス?」


 私は今、久しぶりにシリウスの膝の上にちょこんと乗せられて、シリウスに横抱きにされた状態で馬車に揺られている。


 最近は食事中もロゼさんに気を使ってか膝の上に乗せられることが無かったから、なんだか懐かしいようなくすぐったいような、不思議な感覚だ。

 あんなに恥ずかしかったはずなのに、当たり前の日常でなくなると少しだけ寂しいだなんて。


 それにしてもさっきからこの男、全くしゃべることなくただただ私を抱きしめている。

 そこはかとなく漂う不機嫌オーラはいったい何なんだろうか。


「シリウス、あの、私何かしたかしら? とっても不機嫌そうだけれど……」

「ストローグ公爵令嬢とずいぶん仲良くなったんだね?」

「へ?」


 メイリー様?

 何でそこでメイリー様が?


「え、えぇ。いつもお世話になっているわ。相談にも乗ってくださって、とても感謝してるの」

 私が言うと、私を抱きしめる腕がさらに強くなって、シリウスの唇が私の耳に触れた。


「妬けるね」

「っ!?」


 耳っ……耳がっ……!!

 耳を伝って前進に駆け巡るのは何とも言えない──快楽。


「セレンは私の、なのに……。私といるよりもなんだか楽しそうだ」

「っ、そ、そんなことないっ!!」

「!?」


 勢いよく顔を上げて否定をすれば、目の前に超絶美しいシリウスの顔。

 その顔に一瞬また顔を背けそうになるけれど、私はそのまま逸らすことなく言葉をつづけた。


「私、シリウスと一緒にいる時間、好きよ。ずっと、小さい頃から、一緒にいて一番うれしいのはシリウスだもの。その……だから……だから、ね……。……明後日の誕生日の夜、私にシリウスをくださいっ!!」


 言ってしまったーーーっ!!

 な、何だか盛大に言葉迷子になった気がするのは気のせいかしら。

 これじゃまるで夜のお誘いみたいじゃない!?

 突然初夜の誘いをする女ってどうなの!?

 しかも私たちは仮初め結婚なのに……っ!!


「あ、あの、ち、違うのっ、シリウスを、っていうか、その、シリウスの時間がほしいのっ。さ、最近二人でゆっくりお話しできなかったし、二人だけで大事な話もしたいから……だから……だ、だから──」


 必死に誤解を解こうとする私に、先程の発言で固まってしまったシリウスがくすりと笑った。


「ふふ、わかったよ。忙しくなってしまって、なかなか時間が取れなくてごめんね。誕生日の夜、楽しみにしてる」


 そう言ってチュッ、と小さなリップ音と共に私の耳に熱が落とされた。


「っ!?」


「あぁでも──そのまま寝かせてあげられる保証はないから、覚悟しててね」

「~~~~~っ!!」


 いたずらっぽく笑ったシリウスに私の熱は限界を迎え、屋敷につくまでの間、彼の硬い胸板にぽすんと顔をうずめ続けた。







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