第5話

 あれから数日後、私は中庭にいました。

 

「今日も紅茶が美味しいですね」


 カップに注がれた、甘い紅茶が実に美味しいこと。

 これまでに数多くのお茶を嗜んできましたが、その中でも格別においしいです。


「お茶自体はいつもと変わらない、ごく普通のお茶ですのに、いったい何故こんなにもおいしいと感じるのでしょうか……?」


「その答えはリアラ自身が知っているハズじゃろ?」


「お父様!」


 お父様はシルクハットを被り、洒落たステッキを片手に笑顔で私のそばにやってきました。


「私自身が知っている……? どういう意味ですか?」


「リアラがこれまでに嗜んだお茶の中で、最もおいしいと感じた物はなんだい?」


「ディグリアラ地方で栽培されています、モンディグドという紅茶です」


「そのお茶はどんな時に飲んだのじゃ?」


「そうですね……5年前の記憶ですのでうろ覚えではありますけれど、確か休日に旅行で趣いた際に嗜んだハズです」


「つまりリアラは、リラックスした状態で飲んだということじゃな?」


「ええ。そうなりますね」


 お父様はさらに優しく微笑みます。


「茶にかかわらず、あまねく全てのモノはリラックスしているときの方が楽しめるのじゃ」


「そう……なのですか?」


「うむ。ワシの人生経験から得た1つの答えじゃよ」


 お父様は私の頭を優しく、撫でてくださいます。

 婚約破棄されてから、お父様は毎日のように私の頭を撫でてくださいます。


「婚約者としての日々から解放され、リアラには”自由”が与えられた」


「……そうです」


「じゃからこそ、リラックスできてこれまで以上に万物に対して、楽しめるようになったというわけじゃ」


「……そういうものなのですか?」


「事実、茶はうまいじゃろ?」


「……確かに」


 お父様の言うとおり、お茶は確かに美味しい。

 ということはつまり、お父様の言っていることは正しいということでしょうか。


「……すまなかったの」


「何がですか?」


「婚約者としての日々、つらかったじゃろ」


「……ええ」


「わしが国王からの縁談を断っておれば、リアラにこんなつらい思いをさせることはなかったのじゃが……。本当にすまなかった、弱いワシを……許さないでくれ」


 お父様は俯き、謝罪をしてきます。


「お父様、お顔を上げてください」


「……じゃが」


「そもそも、私はお父様を憎んでなどいませんよ」


「……な、何故じゃ?」


「確かに婚約者としての日々は苦しくてつらいモノでしたけれど、ですけれどそれ以上に得られたモノがあります」


「そ、それは……?」


「”教養”です」


 お父様の手を握ります。

 弱々しく、枯れ木のように痩せ細った手。

 ですけれど、私をここまで育ててくださいました優しい手。


「ラリスタは蝶よ花よと育てられ、全ての“自由”が許されました。ですけれど、昨日の食事や日頃の言葉遣いからわかるように、”知性”を感じることは一切できません」


「……」


「対して私は、厳格な教育体制を整えられたおかげで、”教養”を得ることができました。これは全て、お父様とお母様のおかげです」


「……本当に、わしを恨んでおらんのか?」


「ええ。もちろんです」


「……ありがとう、わしの娘でいてくれて……!」


 私はお父様を抱きしめます。

 枯れ木の様に細い身体。

 ですけれど、優しくて憧れた……大好きなお父様。


 そんなお父様のことを、抱きしめます。

 昔、お父様が私にしたように。

 優しく、優しく……。

 

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