第4話

「失礼します」


 食事を終え、父の部屋にやってきましたわ。

 相変わらず、汚い部屋です。

 物が散らかり、床は全く見えません。

 そこら中にホコリが溜まっていまして、不衛生極まりないです。


「……そこに座りなさい」


「どこに座ればいいのですか?」


「……確かに、座る場所などないな」


「お父様、ついにおボケ遊ばせました?」


「ははッ、ラリスタとは違ってエッジの効いたボケをしてくるな」


「ええ。私は教養がありますの」


「……そうだな、悔やむべきことだがラリスタには教養が無いものな」


 和んだ空気が、一気に重くなってしまいました。

 これは……そうですね。私のせいですね。


「それでお父様、私に何の用ですか?」


「……わかっておるだろう」


「”婚約破棄”のことですね」


「……真なのだな」


「ええ。先ほど、王子と婚約を破棄して参りました」


「……そうか、それは……なによりだ」


「……?」


 父は何故か安堵あんどしています。

 私はてっきり、叱られるものと思っていましたけれど……。


「お父様、私を叱らないんですか?」


「何故、叱る必要がある?」


「何故って……王子と婚約破棄をしたのですよ? 家のことを考えず、感情だけで……その場の判断で婚約を破棄したのですよ?」


「……そうだな」


 普通であれば、私は家から追放されるでしょう。

 王族とのパイプを断ち、妹をいじめる女。

 そんな一家の汚点となる娘など、必要ありませんからね。


 今回は妹が王族とのパイプを繋いでくれましたが、仮に他の家の令嬢に王子を奪われていたならば……。

 完全に王族とのパイプを断つことになってしまいます。

 そうなれば、私は一家の恥さらしとして斬首されていても不思議ではありません。


「リアラ、お前にはワシがどう見える?」


「……聡慧そうけいで偉大なお父様です」


「ワシがラリスタの演技に騙されるような、マヌケに見えるか?」


「……いえ」


 私が婚約破棄を了承したのも、全ては家族ならわかってくれると思ったからです。

 家族がバカであったならば、私は……きっと醜く足掻いたことでしょう。


「ラリスタをワガママに育ててしまったことは、ワシの罪じゃ。じゃが、これ以上罪を重ねるつもりなどない」


 父は私の頭を撫でてくれました。

 それは暖かく、懐かしい──


「ラリスタが王子を騙し、王子が美貌に堕ちたことなど既に知っておる。そこにリアラの罪がないこともな」


 優しく、優しく父は私の頭を撫でてくれます。


「つらかったの、婚約者としての厳しい日々は。じゃが……じゃからこそ、これからは自由に生きてよい。家のことも忘れ、自分のために生きていいんじゃ」


「……はい」


 懐かしい、優しい言葉。

 幼少期を思い出す、その言葉。


「お父様……ありがとうございます」


 気がつくと、私は涙を流していました。

 

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