座敷牢

 そうして進んだ先が急にひらけ、木の格子で仕切られた部屋のようなものが見えてきた。静の前を歩いていた陽が興奮したように声を上げる。


「おじさん、あれ、座敷牢じゃない?僕、時代劇で見たことある」


「そうだね。昔は悪い事をした人を、役人が来るまで捕らえていたんだ。ここは山の中だからね。でも今は牢としては使ってないよ」

 

 確かに木枠の扉は開かれて、中には金糸に縁どられた青い畳と、たくさんの家具、いくつかの区切られた小部屋。そして、一際大きな金の屏風が薄闇の中に浮かび上がる。

 

「君たちに十緒子とおこを紹介するよ」


 伯父が燭台を掲げた先、少年達は、古色蒼然とした金屏風の前に座る1人の少女に目を奪われた。

 重く沈む金の中に、ぼうと浮かぶ常緑の2本の松、地から伸びた蔓がくねりながら絡みつき、薄紫の房花を垂らしている。緑青ろくしょうの松葉はなお鮮やかに天を指し、張り出した両の枝は優美に揺れる藤を守るように佇む。

 少女は深紅の大振袖を着て、ただ静かに座っていた。その肩から裾にかけて流れるように淡紫の藤花が染め抜かれ、それをまとう体は今にも折れそうな程に細く頼りない風情であった。

 彼らが目を惹かれたのは、それだけではない。彼女の長い髪や皮膚、眉や睫毛に至るまでが白く、瞳だけが淡い紫の色彩を持っていた。作りものめいた少女が、精巧な人形でないことは、微かに上下する胸の動きから見て取れる。


十緒子とおこ


 尚克が声を掛けると、彼女はゆっくりと顔を3人に向け、訝しむように細いうなじを傾けた。少年達より幾分年下に見える彼女は、大人のように落ち着いた態度で、声もなく頭を下げる。


「こちらははるせいだよ。これから一緒に暮らすことになった」


 こくり、と小さく頷いてみせる十緒子ではあるが、いつまで経っても言葉を発しない為、陽と静は戸惑って伯父を見上げた。


「この子、どうしてこんなに白いの?」


「十緒子は皮膚と目が弱くてね。強い光に当たると火傷をしてしまう。声を出すこともできないし、足も弱くて歩くことが出来ないんだ」


「だからこんな暗い場所にいるんだね」


「そう。うちの一族はみんな色が薄いだろう?稀に十緒子のような白い子も生まれてくる」


 伯父の話によれば、昔、藤の精と恋をした若者が、彼女を嫁にしたのが松枝家の始まりと伝えられている、とのことだ。極稀に生まれてくる先祖返りのような子は、何らかの不思議な力を持ち、一族を繁栄に導くと言われている。


「ただの言い伝えだけどね」


「ふーん」

 

「賢い子だよ。文字も読めるし書ける。この子の遊び相手になってくれるかい?」


「いいよ」


「えー、めんどくさい。僕は外で遊ぶ方が好きだよ」


 静は最初から二つ返事で頷いていた。少し変わってはいるが、綺麗な女の子に一目で魅せられたのは、静だけでない証拠に陽の目はずっと十緒子の方を向いている。少年らしい横柄さで、恥じらいを覆いつつも、白い頬が興奮に赤らんで、うずうずした素振りを隠しきれていない。

 仕事があるらしい尚克は、十緒子と接する上でのいくつかの注意事項を教え、去り際に、何やら意味深な言葉を残して上に戻って行った。


「十緒子から聞いたことや、書いたものがあれば、必ず私に見せるように」

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