◆第一章⑤

 満足げにうなずく青流にたずねてみた。

「俺の父親が亡くなった事情も知ってるのか?」

「いや、そこまではたどり着けなかった。私の生まれる前のことだしな」

「えっ」

 亡くなったのは母親が卓明をみごもっていた時期と聞いていた。青流はそれ以降の生まれということになる。

「老けてね? 何歳だよ」

 青流が不満げに口元を曲げた。名工が作った人形のように整った顔立ちだが、意外と表情豊かでわかりやすい。

「十九歳だ。私が老けているのではなく、卓明が幼いのでは」

「幼くはないだろ? そっちに若さがないんだよ」

「そういうことにしてやる」

 はあ、とわざとらしいため息をつかれた。

 その上から目線やめろ、と言いたかったが、落ち着いた表情にもどった青流に、あっさりと告げられた。

さつそくだが仕事がある」

「え、遺体があるってことか?」

「そうだ」

「ええっ、雑談してる場合じゃないだろ」

しきというのは、夜やるものではないのか?」

「早い方がいい。準備があるし、時間がつにつれ難しくなっていくんだよ」

 五日も十日も経った身体からだからたましいび戻すことはできない。生気を失ったうつわにとどまり続けることは難しく、やがてはなれる。

 卓明はりんしつとびらを開けた。

「蘭蘭」

 部屋にはいなかったが、中庭に通じる入口から蘭蘭がけつけた。

「なに?」

「急な仕事ができた。行ってくるから師長に話しておいて」

 たなにあるぬのぶくろつかんで部屋を出る。蘭蘭が追いかけてきた。

けいやく書は? ぶんかつばらいでも内金はもらわないと」

たおすように見えるか?」

 青流の方に顔を向けた。

 ただならぬ身分であることはいちもくりようぜんだ。

 蘭蘭は大きく首を横に振る。

「見えません。が、内金は絶対です!」

 貴族だろうが美男だろうが、金は絶対もらうという強固な意志。ここの金庫番だからいたかたない。過去にばらいでげた客がいるのだろう。

 青流は気分を害した様子もなく、だれもがうっとりしそうなみをかべた。

「作法をよく知らず、急ならいになって申し訳ない。金はすぐに代わりの者に持って来させるが、それまではこれで」

 ふところに手を入れ小さな布袋を卓に置いた。ふくろのぞき込んだ蘭蘭の目が飛び出そうだったので、おそらく内金どころか全額をはるかにえているのだろう。

 のんびりとはしていられない。

「じゃあ、行ってくる」

 二人で外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

葬送師と貴族探偵 死者は秘密を知っている 水無月せん/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ