◆第一章①
目覚めた瞬間、
室内の家具は
位牌に向かって頭を下げた。
「いってきます」
家を飛び出し、職場へと早足で向かった。
雲ひとつない晴天だが、まだ蒸し暑さはなく過ごしやすい。馬車と人が行き交う大通りには
三十年ほど前は、広い大陸を支配する大きな国家があった。今は十以上の国に分かれて
ここ、
通りの前方に人だかりができていた。顔をしかめて
三人の男が若い女を取り囲み、
どう見ても危ない
どうしよう。
口を出せば
母親に何度も言われていたのだ。困っている人がいたら助けるようにと。目の前の女は男たちの手を
仕方ない。
正義感ではない。
いきなり
「あの、すみません。女性が困ってるようですが」
「ああ? 困ってるのはこっちなんだよ。家賃の期限は昨日だったのに、払えないって。金も払わず店を続けようなんて、おかしな話だろ」
はかなげな
「三日前に
「この……っ!」
男が繰り出そうとした
「てめぇ……」
男がこちらを見る。
火に油を注がぬよう、笑みを作ったまま返す。
「こんな
「役人を呼ばなければいいんだよ」
「この
通行人たちは手を出せない様子だが、助けを呼びに行った人はいるかもしれない。それまでの時間
「
「それはちょっ──」
言い終える前に拳が飛んできた。上手くかわしたものの、
誰だよこんなとこに捨てたの!
心の中で
終わった──。
目をつぶった。
しかし拳は振り下ろされなかった。
ゆっくり顔を上げる。
拳を横から
すらりとした体つき。垂らした
暴漢は男を睨みつけたが、すぐに貴族だと察したのか顔をこわ張らせた。
静かな口調で高貴な男が言う。
「往来で騒ぎを起こすとは感心しないな」
「……いえ、女が家賃を払わないので、払わないなら出ていけと言っていただけで、我々は何も」
「家賃を値上げする場合、前の
「す、すみません、うっかりしてました。今後は気をつけます」
三人組は
「
「はい……」
女の
こちらには目もくれない。
態度に差がありすぎるだろ。
卓明は心の中でぼやいた。
まあ、いい。
とにかく、
高貴な男がこちらを見た。
この男のおかげで助かったのだから、礼は言うべきだろう。
「ありがとうございました」
立ち去ろうとしたが、背後から声を
「この女性の知り合いではないのか」
振り向いて答えた。
「いいえ、無事収まったようで良かったです」
今度こそ早足で立ち去る。
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