◆序章

 暗い部屋の中、若い男があおけに横たわっていた。顔は土気色で生気はない。古来伝わるれいどおりにさじみ、横には干し肉としおから、酒が供えられている。

 身体からだを囲むように四方にろうそくが置かれていた。

 足元の蝋燭の外側、見下ろすように男が立っている。長いくろかみを後ろの高い位置で束ねていた。衣装は白色。の色だ。

 男は人差し指と中指を立てて口元に当て、唱える。部屋のすみかたんで見守る夫婦にその言葉は聞こえない。

 蝋燭のほのおがゆらゆらとれ始めた。

 横たわる身体から白い蒸気のようなものがわき上がり、集まってひとつのかたまりになろうとしている。

 男は指先を勢いよく遺体に向けた。

 そのしゆんかん、白い塊が像を結び、人の姿となった。

りゆう!」

 夫婦が声をあげてけ寄る。きつきかねない勢いの母親を、父親が必死にかかえて止めた。蝋燭の内側には入らないようにと事前に強く言われていたのだ。

 遺体と同じ顔をしたゆうたいは、うつろな目で言葉を発した。

『……寒い、寒い』

「子龍! 聞こえるかい! 母さんだよ! 助けてあげられなくてごめんね」

 母親がくずれる。この状態は長くは続かないと教えられていたので、父親はなみだをこらえ、呼びかけた。

「子龍、教えてくれ。役人たちはお前が自ら川に身を投げたのだと決めつけたが、そんなわけはないだろ。試験に受かってかんになれると喜んでいたよな」

 幽体はうつろな目を両親の方へ向ける。

はくは……』

「幼なじみの慕白? 会いたいのか? 彼に聞けば何かわかるのか?」

『……慕白は、どうして……』

 幽体がゆらりと揺れる。

 蝋燭の炎のさいまたたきのように。

『どうして、私をき落としたんだろう……』

 母親が目を見開いた。

 父親は口を開けたままこうちよくする。

 大きく揺れてから、幽体は四散してあとかたもなく消えた。

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