第56話 ジャンとの話

 ノクスの街の屋敷に着くと、フルールはオリビアに軽く挨拶をして、直ぐにジャンのいる部屋に案内してもらった。

「お父様」

 駆け寄ったフルールは痩せ細ったジャンの手を握りしめ涙を滲ませた。

「ああ、しばらく見ない内に素敵なレディになったね。フルール良く顔を見せておくれ。さあ、マリエラもこちらに来ておくれ」


 ジャンは大事な物に触れるように優しくフルールの頬を撫でていた。

 フルールの頬の傷は年々薄くなっているようだったので、ジャンは安心した。

「フルール、君の頬の傷が少しでも良くなっていると私は安心するんだ。君には本当に申し訳ないことをしてばかりしている。ドゥラーク男爵邸などに行かせてしまって、何度も後悔したんだ」


「お父様、確かに頬に傷が残っていますが、私にとって不幸なことばかりではないのです。頬に傷があったから、サルタさんの踊りに興味が持てたし、マリエラも来てくれた。私にとって良いことの方が多いのです。それにドゥラーク男爵邸に行きたいと言ったのは私です。目はマルク先生のお薬で良くなったし、お陰でたくさんの人たちと知り合い助けられて私はとても幸せです」

 笑顔で話すフルールにジャンは大きく頷いて聞いていた。


「お父様、私、シオンと結婚の約束をしました。私たちの結婚式には必ず来てくださいね。一緒にバージンロードを歩きましょう。約束ですよ」

「···ああ。折角会えたというのに嫁にいってしまうとは···娘が大きくなるのはあっという間だな」

「お父様。シオンがノクスの郊外に屋敷を構えてくれるのよ。いつでも遊びに来られるわ。お父様も遊びに来てください」

「おお、そうか···ノクスの街に住むのだな。ああ、それは良かった」

 ジャンは難しい顔から笑顔になっていた。


「マリエラ。こっちに来てくれるか?」

「はい。旦那様」

「マリエラ、君は本当によくやってくれている。フルールのことを任せきりで申し訳ないと思っている。君には感謝の気持ちでいっぱいだ。フルールが嫁いでもこの家にいてくれないか?ああそうだな、フルールと一緒に行くのなら止めはしないよ」

「旦那様、私はここにいてもいいのですか?ご結婚されるフルール様にはもう従者は必要ないかと···」

「何を言っている。マリエラは私たちの家族じゃないか。もし不安なら養子縁組の手続きを取ろう」


「何もない私には勿体ないお言葉です」

 マリエラはうつ向き目に涙を溜めていた。

「父さん。養子縁組などやめて下さい!ぼっ、僕はマリエラを妻にしたいのです。妹はフルールだけで充分です」

 後ろにいたペテルは急に大きな声でジャンとマリエラの話を止めた。

「「えーっ」」

 家族はみな声を上げた。

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