第55話 マルクの話

 ペテルとマルクの話は続いた。

「失礼を承知でお伺いしますが、もしマルク先生のご家族が今の父の状態なら、手術を受けさせますか?」

「非常に難しい質問ですね。医者としては受けさせますが、本人が望まないのであれば受けさせませんね」

 遠慮のないペテルの質問にもマルクは医師として患者の家族に寄り添い答えてくれていた。


 ペテルはジャンのことを他人事のように考えていたが、フルールにとっては大切な父親である。

 フルールが悲しむ顔は見たくないが、いつかは親の死を経験することになる。


 一週間後、マルクはどうしても外せない往診があるらしく、オールリウス伯爵領に帰る予定だと教えてくれた。

 ジャンの手術についてはまだ結論が出ずにいた。

 ペテルの仕事の引き継ぎは順調で伯爵領に行く予定が前倒しになったが、数日間離れるだけなら問題が無いと判断していた。

 ペテルはマルクと一緒に伯爵領に行き、仕事を済ませたマルクとフルールたちを連れて、四人でノクスの街に戻る予定でいる旨の手紙を書いてフルールに送った。


 マルクの処方した薬が効いたのか、ジャンは食欲も出て顔色も良くなっていたが、余談を許さない状態であることに変わりはなかった。

 想定外のことが起きるのがこの病気の恐ろしいところだ。


 ジャンは小康状態を保っているので、予定通りペテルとマルクはオールリウス伯爵領に向けて出発した。

 ペテルはリュードの街のホテルに、マルクは往診先へと向かった。

 マルクは二日間の仕事を終え、リュードの街でペテルやフルールたちと合流し、ノクスの街に向かっていた。

 ペテルは馬車の中でフルールたちにジャンの病状を話していた。

 マルクはフルールたちに分かりやすく病気の事を教えていた。


 最初は涙ながらに聞いていたフルールだったが、手術の話になると真剣な表情でマルクの説明に聞き入っていた。

 マリエラは唇を噛み締め、両膝に置いた両手の拳を握りしめ俯いたままマルクの話を聞いていた。

 最初にマリエラを気に入りフルールの従者として家に連れてきたのはジャンだったからだ。

 ジャンがいなければフルールたちと会うことはなかっただろう。

 マリエラは恩人のジャンを心配していた。


 ペテルはノクスの街に帰ったら、マリエラに自分の気持ちを伝えることにし、ジャンには手術を勧めようと思っている。

 四十代のジャンが死ぬにはまだ早すぎる。

 延命が期待出来る可能性が少しでもあるのなら手術を受けてもらいたい。

 ペテルは精神面においてマリエラの助けが必要だと感じていた。

『僕を支えて欲しい。僕もマリエラの支えになる。僕と一緒に生きて欲しい』

 ペテルは心の中で思っているが、マリエラに伝わるかどうか不安でいっぱいだった。

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