第32話 デンスの町
ノクスの街とデンスの町の境には宿屋と、食料が置いてあるお店が数件あった。
旅人は主に食料の補充と宿泊、馬を休めるためと食事を目的として立ち寄るようだった。
ノクスの街の中心部から二時間の距離にあり安価で泊まれ、デンスとの境でもある宿屋は、行商で訪れる者の憩いの場であり、情報収集に利用され繁盛していた。
宿屋は食堂も兼ねていた。
三十分前に宿屋に到着していたメルカトールは、他の客と話をしながら、ゆっくりとフルールたちが来るのを待っていた。
フルールたちの馬車が到着し、宿屋の馬車止めに停めてあったメルカトールの荷馬車の隣にぴったりと付け、御者の一人だけが馬車を降り宿屋にやってきた。
御者は四人分の弁当を宿屋の店主に注文し、弁当ができるまで、待ち合いの椅子に腰かけていた。
メルカトールと御者は目で合図をする。
フルールたちはメルカトールの荷馬車の後ろに隠れながら、数メートル先の宿屋の裏口を目指して歩いていた。
フルールとマリエラと護衛の一人は、裏口に停まっていた、ソティラスの経営するワイナリーの荷馬車に乗り込み、積んであるワインの樽の間に隠れると、荷馬車は直ぐに走り出し宿屋の前を通って行った。
ソティラスの屋敷までは二時間の距離だった。
御者は弁当が出来上がると宿屋の店主に多めのお金を渡していた。
「お客さん、こんなに頂いて···ありがとうございます」
満面の笑みの店主に向かって御者は、
「しっ···大きな声を出さないでくれ。これは気持ちだ」
御者は口元に人差し指を立て、片目をつぶり意味深なことを言った。
店主は大きく頷いていた。
御者は馬車に戻ると、死角になっている方の扉を少しだけ開け、中にいるもう一人の護衛に弁当を渡した。
御者は大袈裟に辺りを見回し、伯爵領に向かって真っ直ぐ馬車を走らせた。
男爵の追手二人は、馬で馬車を追いかけて行った。
メルカトールは宿屋の店主に「今から、メリディで行商なんです」とわざわざ言い残し、メリディに向かって荷馬車を走らせた。
男爵の追手はデンスの町郊外で、二頭立ての馬車を止め声をかけた。
「すみませんが、中のお嬢さんたちに用があるので、話をさせてもらってもいいでしょうか?」
「はっ?お嬢さん?」
とぼける御者に男爵の追手の男は、
「おまえに用はない。黙って中を開けろ!」
怒鳴り声に中にいる護衛は、剣の持ち手に手をかけた。
ガタン、男爵の追手は乱暴に馬車の扉を開けた。
「···なんだ?おまえは···」
「はっ?おまえに名乗る名前は無い」
馬車の中にいた護衛は、男爵の追手を睨み付けた。
しばらく呆然としていた男爵の追手は、
「失礼した」
といって慌てて馬車の扉を閉め、元の道を戻って行った。
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