第29話 脱出成功

 メルカトールは準備を整え、マリエラを男装させ、フルールを香辛料の入った樽に入ってもらった。樽の中には厚手の布が敷いてあり、狭いが華奢なフルールは窮屈に感じなかった。

「ありがとう。おじさん」

 フルールにお礼を言われ、胸が痛んだが、屋敷の門を出るまで更に気持ちを引き締めた。

「フルールちゃん、窮屈だけどしばらく我慢してね」

「はい」

 フルールはかくれんぼをするかのように身を潜め、にっこり笑って返事をした。

「よし、行くよ」

 マリエラは大きく頷いた。


 メルカトールは前を歩き、樽を乗せた荷車をマリエラに引かせ従者の様に見せた。

 屋敷の門につき、

「ご苦労様です」

 メルカトールは挨拶をして門を通り抜けようとすると、

「おい、ちょっと待った」

 と門番に止められた。

「なんでしょうか?」

「その樽はなんだ?」

「香辛料の樽です。男爵様はお気に召さなかったようでして。そのまま持ち帰ります」

「中を改めさせてもらう」

「はい、どうぞ」


 メルカトールは樽の蓋を開け、香辛料を出して見せた。

「すごい匂いだな」

「ええ、異国の珍しい物なんで···そうそう、珍しいと言えば···」

 メルカトールは懐から小瓶を出し蓋を開け、門番に香りを嗅がせた。

「これは···」

「よろしければどうぞ」

「いいのか?」

 メルカトールが作った偽の蜂蜜酒を受け取り、門番の男はニヤニヤしていた。

「もちろん。手持ちはこれだけなんで、内緒にして下さいな」

「ああ、わかった。通ってよし」


 メルカトールと少女たちは無事に男爵邸を後にすることができた。

 男爵からの追手が来ることが予想されるので、フルールとマリエラはまっすぐ家に帰ることが出来ず、メルカトールとともに、マリエラが以前お世話になっていた宿屋を訪ねることにした。


 マリエラは直ぐにジャンに手紙を書き、宿屋の郵便係に手紙を届けてもらった。

 女将に事情を説明し、男爵から匿ってもらうように頼んだ。女将は長く居るとフルールの情報が漏れることを恐れ心配し、数日ならと快く引き受けてくれた。

 数日間、マリエラは男装のまま宿屋の中の仕事を手伝い、使用人部屋でフルールを休ませることにした。

 メルカトールは一般の客として泊まり、男爵の様子を伺うことにした。


 ジャンへの手紙を頻繁に送ると、情報が漏れるので、日数はかかるが、王都のペテルを経由して手紙のやり取りをすることにした。

 宿屋からは王都のペテル宛の手紙を、ノクスの郵便局に直接持っていき、ジャンやペテルからのフルール宛の手紙は、ペテルが偽名を使い王都から女将さん宛で、宿屋に送ってもらうようにした。


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