第28話 男爵家からの脱出

 最後に医者に来て貰ってから、数日が経っていた。薬は届くが食事もだんだんと粗末になっていった。

 マリエラは嫌な予感がしたので、顔見知りになった商人に手紙を託していたが、ジャンからの返事は届かなかった。

 マリエラの両親は商人だったので、事情はなんとなくわかっていた。男爵はフルールのことを隠そうとしている。


 マリエラが気を揉んでいた時、手紙を預けた顔見知りの商人がやって来て、手紙は渡したが、ジャンからの返事は取り上げられたと言った。

 そこへもう一人の商人がやって来た。

 スランに薬を売ったメルカトールだった。


「お嬢さん、私に任せて下さい」

 メルカトールはマリエラに頭を下げながら言った。初めて見る商人にマリエラは、

「なぜ、貴方が?」

「申し訳ない。事情は聞かないでくれ。ただお嬢さんたちを助けたいだけだ」

「でも、本当に信用できるのかしら?フルール様は目が見えないのよ」

「···なんと···お気の毒なことを···」

 マリエラは考え込んでいた。

 するとメルカトールは、跪き自分の懐刀をマリエラに差し出した。


 マリエラは商人が自分の身を守るために、懐刀を必ず携帯しているのを知っていた。

「こんな大事なものを···わかりました。貴方にお任せします。お名前をお伺いしても?」

「はい。メルカトールと申します」

「私はフルール様のお世話をするマリエラです。メルカトールさん、よろしくお願いします」


 メルカトールは男爵への腹いせに売った薬で、罪もない少女を失明させるとは思ってもみなかった。

 それを言えば彼女に信用して貰えない。自分の命に代えてでも少女たちを守ると決めた。


 脱出の方法を決めた。

 使用人がフルールたちの部屋に来るのは食事を運ぶときだけだったので、食事の片付けの後直ぐに脱出の準備にかかる。

 マリエラは男装する。フルールは持ってきたスパイスの入った樽の中に隠れる。

 樽の上の部分には、珍しい香辛料を敷き詰め、その下にフルールの入る場所を作る。


 門番にはあらかじめ用意してあるお酒を差し入れることにした。

 メルカトールは伯爵以上の者しか手が出ない蜂蜜酒を用意していた。

 といっても偽物で、小瓶に少し値の張る酒を移し、買ってきた蜂蜜を入れただけのものだった。

 蜂蜜も高級品だが、蜂蜜酒よりは安価だった。

 実際に飲んだことのない者はわからないだろう。

 メルカトールは商人の名に懸けて、今まで偽物など売ったことはないが、プライドは捨て、少女たちを助けることを優先した。

 商人の出入りが少ない夜に抜け出すにはリスクがあり、出入りの多い昼間なら屋敷を抜け出した後も、人混みに紛れることができる。

 フルールの病状からも、昼間の方が安全だった。

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