第7話 聡明なマリエラ

 フルールの顔の傷は徐々に回復してきたが、口を開ける時にひきつるので、左手で口元を押さえるのが癖になってきた。

 以前は明るく屈託のない笑顔で笑っていたが笑顔も少なくなり、部屋から時折聞こえていた楽しそうな歌も聞こえなくなった。

 外出することもなく家に籠りがちだ。


 フルールは顔の左側の頬から口元にかけての傷を隠すため、診療所に通う時は、フードの付いた服を着て、顔を隠すように出掛けていた。


 ジャンは食事の時に、フルールと顔を合わせると、自責の念に駆られているのか、眉間に皺を寄せ、辛そうな顔をしている。

 家の中はどんよりとした空気が流れているが、ジャンの仕事は順調で、近々大きな家に移る予定でいる。


 今年は大雨の影響で、数ヶ所の土砂崩れが起こり、橋や街道の整備が続き、大きな仕事が増えた。


 家庭教師をつけることができたペテルの勉強は順調で、教師も専門学校の合格に太鼓判を押している。

 ジャンはフルールに従者をつける事を考えていた。 

 フルールを孤独にさせないため、母親だけでなく、同年代の話し相手兼身の回りの世話をさせる者を探していた。


 先日の土砂崩れで両親を失ったという、11歳の女の子が宿屋で保護されていた。

 身元もハッキリしている。

 同じ男爵領の東に位置するソリスの町で商人をしていた両親とともに土砂崩れに巻き込まれ、少女だけが助かり、両親は亡くなってしまったらしい。

 ソリスの町に帰っても身寄りがなく、着の身着のまま一人で、泊まっていた宿屋に戻ったところを宿屋の女将が保護し、女の子の申し出もあり女将の手伝いをしていた。


 ジャンはたまたま宿屋の女将から女の子話を聞くと、フルールの従者を探しているので、女の子を家に引き取ることを申し出た。


 宿屋の女将が女の子本人に聞いて欲しいというので、ジャンは女の子に会うことにした。

「こんにちは。わたしはこの街の建設ギルドでギルド長をしているジャンといいます」

「私はソリスで商人をしていた家の娘でマリエラといいます」


 ジャンは両親を失ったばかりだというのに、利発で物怖じしない女の子を気に入った。

「マリエラさん。突然ですが、うちの娘のフルールの話相手と身の回りの世話をお願いしたいのだが、どうだろう?宿屋の手伝いの方が好きならば、無理にとは言わないが?」

「女将さんにお世話になっているので、すぐにはお返事できません。考えさせて下さい」

「ああ、もちろんだ。よく考えてくれてかまわない。貴女はとても聡明なお嬢さんだね。よい返事を待っているよ」

 と言って、ジャンは名刺に自身のサインを書いて、マリエラに渡した。

「これを建設ギルドの受付に渡してもらえれば、わたしに取り次いでくれるよ」

 マリエラは嬉しそうに名刺を両手で受け取った。

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