第6話 兄の決意
家に帰って来たジャンは、静かな家の中を眺め、疎外感を感じていた。
家に帰れば妻や子がいて、騒がしいながらも暖かい気持ちになる。自分を待っている者がいる。
いつの間にか家族を支配し、自分の思い通りにならなければ、暴言や暴力を振るう。
これではまるで暴君ではないか。
家族を守るのが父親の役目ではないのか。
自らが傷つけるとは。
取り返しのつかないことをしてしまった。
悔やんでも悔やみきれなかった。
「俺は何て事を···」
頭を両手に抱えたジャンのつぶやきは、家の暗闇に消えて行った。
翌日、フルールの熱が下がったので、付き添っていたオリビアとペテルは家に帰って来た。
オリビアは台所や、リビングにあったフルールの血の跡のなど忙しく片付けをしていた。
ジャンはギルドに出勤しているらしく、家には誰もいなかった。
片付けも少し落ち着き、オリビアとペテルはリビングで話をしていた。
「お母さん、お話があります」
「なにかしら」
「僕は、王都の建築の専門学校に行きたいと思っています。そして建築士になって独立し、家を出ようと思います」
「···貴方の思うようにしなさい」
「できれば、お母さんとフルールと三人で暮らしたいと思います」
「私はお父さんがいるから、難しいと思うけど、フルールには聞かないとわからないわね。でもペテルと一緒なら私は安心だわ」
「お母さんも考えておいて下さい」
「ありがとう。わかったわ」
妹と母を横暴な父から守るためペテルは決心していた。
王都の建築士になるための専門学校は、12才から16才までの4年間の全寮制の学校で、卒業と同時にギルドに登録することができる。
入学するのも卒業するのも難しい学校なので、卒業の証があればギルドで優良な仕事を斡旋してくれ、収入の心配がない。
来年はペテルも受験資格のある12歳になる。
今から猛勉強をし、母や妹のために超難関の専門学校を目指すつもりでいた。
数日後フルールの容態が落ち着き、傷の痛みも薬が効いているので、診療所から退院の許可が降り、自宅に帰ることができた。
家に帰ると傷を受けた時のことを思い出すのか、しばらくは自室に籠り食事を取っていたが、今日からは家族で食事ができるようだった。
父のジョンも最近は帰宅後すぐにお酒を飲むこともなく、静かに家族と食事をし、家族が寝たのを見届けてから、飲酒をしているようだった。
習慣は抜けないようで、ジョンにとって断酒をすることは難しいようだった。
お酒を楽しむことに問題はないが、過ぎるとろくなことがない。
ましてや我を失ってまで飲酒を続けるのは、酒を嗜まない者にとっては、理解できない。
息子のペテルは父の飲酒に嫌悪感を抱いていた。
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