第5話 頬の傷跡

 ジャンは家に帰ってくると、リビングのソファーに座りフルールが怪我をした日の事を思い出そうとしていた。

 目の前のテーブルにあったウイスキーの瓶を、台所の隅に持って行き、ついでに顔を洗った。濡れたままの姿でソファーに座り、袖で顔を拭った。朝は気がつかなかったが、目の前に小さな血溜まりを見つけた。


 ジャンは目の前が真っ暗になった。

 自分の娘に大怪我を負わせ、呑気に朝まで寝て仕事に行き、言われるまで気付かないなど、俺は親なのか?いや、人としてどうなんだ?今まで何をしてきたのか?

 いくら自分を責めても起こった事実は覆らない。


 ジャンは気を取り直し、風呂に入り寝室に向かった。

 一睡もできず朝を迎え、休みを貰うために職場に行くことにした。

 ギルドから診療所に直行し、昨日聞けなかった事を医者に聞くことにした。

「残念ですが、お嬢様の左頬には傷が残り、後遺症もあるでしょう」

「·····傷は目立ちますか?」

「はい。傷は深いので、お化粧しても隠しきれないと思います」

「·····後遺症というのは?」

「神経が傷ついているので、口が開けにくくなるかもしれません」

「·····」

 医者は遠慮がちだか、今の状況を正確に伝えた。

 ジャンは失意の中、しばらく椅子から立ち上がれなかった。

 医者は無言で立ち去り、看護師に部屋に立ち入らないようにと、小声で指示を出していた。


 小一時間は経ったのだろうか···

 我に返ったジャンの顔色は悪く、足も震えていたが自分の目で、フルールの様子を見に行くことにした。


 フルールは意識が戻っていた。

 話にくいのか、左手を左頬にあてゆっくりした言葉で、オリビアと話をしていた。

 フルールはジャンの顔を見て怯えていた。

「フルール、謝って済むことではないが、すまなかった」

「···」

 ジャンの言葉にフルールは答えられなかった。


 フルールは涙が溢れ、傷に障るのか顔を歪めていた。

「父さん、フルールが怖がっているので、今日は面会を控えて下さい」

 ペテルに諭され、ジャンは家に帰ることにした。

「わかった。ペテル、オリビア後は頼む。必要なものがあれば届けさせるので、言ってくれ」

 と言い残しジャンは病室を出て行った。


 ジャンはふらふらと街を歩き、気が付けば行きつけの酒場の前に来ていた。

「まあ。ジャンさんいらっしゃい」

 女給が声をかけてきた。

「ああ」

「いつものでいいわね」

 女給は注文を通そうとすると

「いや今日は果実水を貰う。後は何か腹に溜まるものをくれ」

「まあそうなの。禁酒中なのね」

 ジャンの言葉に女給は明るく答えた。


 果実水を飲み干し、食事を終えると真っ直ぐに家に帰った。

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