第29話・心霊系YouTuber・ハッカ 2

 夜の山道でレンタカーを脱輪させ、スマホを落として焦って山の斜面を転がり落ち――ハッカはパニックになっていたし、何ごとも都合良く、または運が良かったと考えてしまっていた。


「ラインが繋がった」


 さきほどまで圏外だったスマホがいきなり繋がったことに、なにも違和感を覚えなかった。そして焦っているので、Wi-Fiであることも。


「グーグルマップで」


 グーグルマップを開き、現在地を確認すると、かなりの山中ながら自分の現在地が表示された。

 グーグルマップで周囲を検索すると、四角い人工物のようなものが少し離れたところにあったので、スマホを見ながら、足元を懐中電灯で照らして進んだ。

 ハッカの身長ほどに生い茂った草木を手で除けながら、ナビ画面に沿って進む。


「道らしい道なんてないけどな」


 グーグルマップには道路が描かれているが、実際は藪の中を泳ぐように手でかき分けて進む。

 地図やナビが間違っているのか? と不安になりかけたとき、懐中電灯が鳥居を照らし出した。


「うわっ!」


 ハッカが驚きの叫び声を上げるが、それは原始の闇となんら変わらない夜空に吸い込まれた。


「鳥居だ。そして注連縄も」


 ハッカが見つけた鳥居は眩しいほど白い紙垂が目立つ、鼓胴型の注連縄が取り付けられていた。


 心霊系のYouTuberのハッカだが、鳥居などの由来については詳しくないので、鳥居や注連縄の種類については全く解らない。

 そんなハッカの目の前に現れたのは、朱色の明神鳥居。

 その両脇には鉄柵が続いている。ハッカは鉄柵沿いに進み、途中で曲がって――しばらくすると、今度は白色の神明鳥居が現れた。この鳥居には注連縄は下がっていなかった。


 そして鉄柵はまだ続くので、ハッカはまた歩みを進め、


「……四つの鳥居と鉄柵でぐるりと囲んでるのか!」


 ハッカは最初の鳥居に見つけた鳥居に戻ってきたことに気付いた。


「ってことは、この中になにかあるのか?」


 朱色の鳥居の外から、中を照らすも、とくに何も見えなかったが、


「面白いのが撮れそう」


 誰も見つけていない場所という、わき上がる好奇心のままに、ハッカは無遠慮に一礼もせずに朱色の鳥居をくぐった。

 少し進むと、次の鳥居があり、その先を進むと更に鳥居。三つ目の鳥居を通り過ぎた先に、やしろがあった。


 賽銭箱などは置かれておらず、ハッカはその社の周囲も探りながら撮影をする。


 そして引き戸の一つに手をかけて開けた。

 室内は真っ暗で、懐中電灯で室内を照らしてみても、照明などは見当たらなかった。


「ふぅ……さすがに疲れた」


 屋根がある空間にたどり着いたことで、気が緩んだハッカに疲れが襲ってきて、思わず膝をついてしまった。


「夜が明けるまで、ここで少し休もう」


 ハッカは悪いとは思ったが、靴を脱がずに社に上がり、引き戸を閉める。懐中電灯の明かりをたよりに、撮影機材を入れていたバッグのサイドに突っ込んでいたお茶のペットボトルに口を付け、喉の渇きを潤してから板張りの床に寝っ転がった。


 慣れない場所、それも山の中を歩き周り、事故にも遭ったハッカはすっかりと疲れ、すぐに目蓋が落ちてきた。


「あ……充電だけはしておかないと……」


 バッグからモバイルバッテリーを取り出して、充電してから眠りに落ちた。疲れ切っていたので、そのまま朝まで……ハッカはそのつもりだったが、


『歌を歌え』


 はっきりと聞こえて飛び起きた。


『歌を歌え』


 ハッカは懐中電灯を手に、社の中を照らすが、誰もいなかった。


『歌を歌え』

「誰だ!」


 声の主はハッカの問いには答えず『歌を歌え』という言葉を繰り返すだけ。

 声は男か女かはっきりとは分からないが、機械音声などではなく――声の感じから引き戸の向こう側にいることは分かったが、ハッカは開けて確認する気にはなれなかった。


『歌を歌え』


 声は歌を歌うよう命じるだけで、引き戸を叩いたり、うめき声を上げたりなどはせず――その静かで場違いな要望が、余計にハッカの恐怖心を煽った。


「は……ひゅ……」


 繰り返される『歌を歌え』に恐怖し、から逃れるために歌おうとしたハッカだったが、夜の山中の不思議な空間で、歌うことを求められるというシチュエーションに声が全くでなかった。


『歌を歌え』


 にいる誰かは、歌を歌えと言い続け――ハッカは震える指でスマホをタップして、音楽を流すことにした。


 だが――


『歌を歌え』


 音楽は流れず、外の声がから響いた。


「ひぃぃぃ!」


 ハッカはスマホを投げつけ――


『歌を歌え』


 スマホは歌を歌うことを強要してくる。

 ハッカは恐怖に震えながら、投げ捨てたスマホを手に取り、電源を落とす――スマホの電源はあっさりと落ちて、


『歌を歌え』


 その声は外から聞こえてきた。

 とにかく歌を歌わなければと思うが、恐怖で声が出ない――そのうち疲れ果て、ハッカは意識を失った。


「…………」


 目を覚ましたハッカは、どこにいるのか分からなかったが、徐々に意識が覚醒し、一晩中ともしていた懐中電灯がぼんやりと照らす天井を凝視しながら、しばらく動かずに当たりの気配を探る。


 長い時間――ハッカの体感なので、本当は1分程度だったかもしれないが、昨晩の『歌を歌え』という声が響くこともなく、ハッカは怖々とスマホを手に取り電源を入れる。


 画面には日付が変わって、既に午前八時近くと表示されていた。


「ふぅ……朝か」


 夜ではないことに安堵したハッカは懐中電灯のスイッチを切る。


「くらっ!」


 社の中は暗く、ハッカはもう一度懐中電灯のスイッチを入れて、昨晩入ってきた引き戸に手をかける。


 そして注意深く引き戸を開けると、眩しい日差しに照らされた鳥居の神々しい姿があった。


「昨日は何だったんだ」


 社から出て、両手を突き上げて上を向いて背伸びをしたハッカに、覆い被さるように何かがゆっくりと降りてきた。


 それはハッカが見たこともない、異形という言葉でしは表すことができないだった。


「あ……」


 ハッカは声を上げる間もなく――

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