第17話・小林と渡辺・2

 渡辺さんが洗車場の責任者に挨拶している間に、地図で読んだ。幸い地図は読める方だったので、運転席に乗り込んで、助手席の渡辺さんと共に街中のコインパーキングへ。


「採用」


 駐車場に車を止めると、渡辺さんから採用を口頭で伝えられた。


「この近くのファミレスで、詳しい話をしたいんだけど」

「分かりました」


 渡辺さんはハイエースから黒いリュックサックを持ち出し、歩き出した。

 ファミレスに入ると、


「昼飯は奢りだから、気にせず食って。経費だから、問題ないよ」


 渡辺さんはステーキとペペロンチーノを頼んだ。


「ドリアとサラダで」


 注文を終えると、渡辺さんはファイルを取り出した。


「なんで紙? って思うだろ。それが今回のアルバイトの面倒なところなんだ」

「面倒とは?」

「アルバイト先にスマホは持っていかない。これが絶対条件」

「……使用不可ではなく、持ち込みも禁止なんですか?」

「最初からスマホ禁止って書くと、絶対人が集まらないから”当日使用不可”で人を集めてる」

「そんなに大事なことなんですか?」

「うん」


 昼食をとりながら渡辺さんの説明を聞く――


 バイト先の空き家は、住宅街にある。道は広くもなく、狭くもなく。


「あのくらい運転できたら、あの住宅地の道もなんなく運転できる。縦列駐車も上手かったし」

「どうも」


 ここまでの運転は、その為のテストだったようだ。それで問題の「スマホ持ち込み禁止」だが、


「過去に近隣住民に迷惑を掛けた……らしい」

「らしい?」

「俺もこの決まりが出来てから、清掃に行ったから、話を聞いてみたんだよ。そうしたら、電話で大声で話してたり、大音量で音楽を流したり、うるせえ動画を見たり、スマホを弄っていて全く清掃しなかったヤツもいたから、近隣住民から苦情がきたんで禁止にしたんだって」

「ああ……」


 住宅地で大音量で音楽を流してたら、それは苦情くるだろうな。

 カーナビがついていないのも、カーナビでテレビ番組を大音量で流されると困るから。


「この家、いわくつきでさ」

「え?」

「ああ。某事故物件サイトに乗るようなヤツじゃなくて、一家が行方不明になった家なんだって」

「一家が行方不明?」

「住んでた家族のことは知らないけど、近隣ではちょっとした騒ぎになったらしくって、当時の家族を知っている人は神経質になっている部分もある……らしい」

「そういう家の近所に住んだことはないですけど、なんとなく分かる気がします」

「そういういわくある家が、荒れてると近所の人は怖いらしい。だから手入れをしなくちゃいけないけど、過去のアルバイトのやらかしがなあ」


 他にも聞けば言葉が通じない外国の方を雇ったところ、庭でバーべーキューし出したとか……もちろん、大きな音楽をかけて。

 酒まで飲んでるから、清掃しなくてはならない庭で用を足し、飲酒運転……というか無免許……どころか不法滞在者というのもあったとか。


「低賃金で雇ったバイトだから、仕方ないといえば仕方ない……って不動産会社が反省して、日当をそれなりの金額にして、研修もするようになったって訳」


 過去のやらかしが痛すぎるが――この程度の作業で三万五千円プラスαは、結構疑っていたけれど、そういうことなら納得いく。


「あとは煙草吸わないよね?」

「吸いません」


 渡辺さんから詳しい説明はなかったが、庭で煙草を吸うのは、いまの世の中、許されないことなのは間違いな。


「よかった。それで、清掃の他の細々としたことなんだけど」


 清掃する家の隣には「たかはし」という家があり、そこの家主が自宅のゴミ処理と引き替えに、掃除用の水とトイレを貸してくれるという契約を結んでいる。


「トイレは外トイレで、庭から直接。トイレの作りは水洗だけど和式。和式は問題ない?」

「平気です」


 その他「たかはし」という人に関しての説明は、アルバイト前によむ書類の中に含まれているとのこと。


「で、どうする? 受ける」


 渡辺さん側は採用するつもりだが、清掃以外があまりに色々な条件があるので、話を聞いて辞退する人もいるらしい。


 自分は仕事を受けることにした。渡辺さんが出した書類の会社を、目の前でスマホで調べて実在する会社だと確認してから、簡単な契約書にサインをし、


「今日の日当は現金払いだけど、バイト料はどうする?」


 現金払い、金融機関振り込み、電子マネーにも対応しているらしい。


「じゃあ現金払いで」

「一番楽なやつでよかった」


 渡辺さんはリュックサックから、茶色の封筒を取り出した。封筒には¥45000-(昼食代込み)と書かれている。


「前払いなんですか」

「現金払いは」


 金だけ受け取って仕事にいかなかったら、どうするんだろう? とは思ったが、思っただけで終わった。


「最期に交通費になるんだけど」


 今日の交通費と日当の他に、隣県への往復の電車料金も渡され、ファミレスを出た。


「駅まで乗せていくよ」

「ありがとうございます。でも、少し見て回りたいので」

「そう? じゃあ、明日よろしく」


 渡辺さんは先ほどのハイエースに乗って次の仕事場へ向かった。

 

 町を散策してから電車に乗って帰宅してから、明日に向けて書類に目を通す。難しいことは書かれていないので、すぐに頭に入った。


 ”作業時間は午前八時から午後六時まで。作業が終わり次第帰って良い”


 一日三万五千円と支払われる額が決まっているのだから、早めに作業を終わらせようと、早朝からやりかねない……んだろうな。


 過去に一体どれほどの失敗があったんだろう……書類に目を通し、明日の準備を整えて早めに眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る