第16話・小林と渡辺・1

 付箋が貼られた地図を助手席に開いたまま――


「あの家だ」


 「売家」の看板が立っている家の、コンクリート舗装された駐車場に駐車し、売家の隣家「TAKAHASI」の表札が出ている家の玄関をノックする。


 ”インターホンは押さないこと”


 バイトの注意事項の一つ。


「済みません――」

「はい」


 男性から返事があった。


「立水栓とトイレを借りたいのですが」


 研修で言われた通りに封筒を郵便受けに差し込む。

 家主がすぐに封筒を郵便受けから引き抜いた。少しの間があって、玄関ドアが開く。

 顔を出したのは、若いのか年を取っているのか一目では分からない男性。


 広々とした玄関には大量のダンボールが積まれている。


「いつも通り処理を」

「はい」


 玄関のダンボールを乗ってきたハイエースに積み込み、持ってきたダンボールや紙袋、ガムテープなどを「たかはし」の家に運び込む。

 家の大きさと比較して、大きすぎる玄関には、まだ手のついていないダンボールもあったが、


”持っていったものは、全て運び込む”


 バイト先の指示通りにする。


「これで全部です」


 積み込むのも、運び込むのも終わったことを告げると、


「元栓を締め忘れないで。はい、トイレの鍵。鍵はポストに入れておいて。報告しなくていい」


 玄関で作業を見ていた男性は、トイレの鍵を突き出してきた。それを受け取ると、玄関ドアを閉めて、家の鍵をかけた。

 立水栓の元栓を開けて、水が出るのを確認してからハイエースの助手席に積んできた、高圧洗浄機をたかはし家の立水栓と接続する。


「簡単に終わりそうだ」


 周囲に気を使うのがメインの、簡単な掃除のお仕事――


 このアルバイトは数日前、ツイッターを流し見ていて発見した。

 内容は「売り家の外観整備,草むしりなど」で、日当35000円。昼食代は別途10000円。


 *要運転免許(キャブオーバー型)

 *アルバイト中携帯電話,スマートフォンの使用禁止

 *研修あり(前日に半日ほどの研修があります。日当5000円)

 *交通費支給


 昼食代を含めると、二日で五万円が稼げる――一回で十万、二十万稼げると言われている闇バイトには及ばないが、自分が住んでいる県の普通のアルバイト相場としてはかなりよい。


 そして連絡を取ると、家の美観を整える売り家は、隣県の地方都市だった。

 これは交通費がかかりすぎるから、落とされるな……と思ったのだが、


「まず研修を受けてもらいます。研修は――」


 何ごともなく研修を受けさせて貰えることになった。

 研修場所は住んでいるところから、電車で十分ほど。運賃も往復で500円と少し。研修で落ちても日当は貰える。駅を出てスマホに送られてきた地図を頼りに、研修場所の洗車場へ。


「小林さん?」

「はい」


 声を掛けてきたのは、茶髪というほどではないが、髪を明るめにしている、身長はやや高めの、作業服を着た自分と同い年くらいの男性。


「渡辺です」


 渡辺さんが礼をしてきたので、急いで礼を返した。


「免許証を」

「はい」

「写真映りいいね。俺は免許の写真、見せられない映りなんだよ」


 渡辺さんはそんなことを言いっていた。すぐに免許証を返してもらった。そして何故か渡辺さんが免許証を見せてくれた……顔の部分は親指で隠して。


「作業させる形になって悪かったな」


 洗車場の片隅で、高圧洗浄機の使い方と実践をする――渡辺さんは、今日この洗車場の清掃を担当している。


「研修には持ってこいです」

「一人でできそう?」

「できると思います」


 作業を手伝うような形になったが、高圧洗浄機は使ったことがなかったから――楽しいくらいだった。


「車に説明書を積んでおくから」

「はい……あの採用で?」

「あとは最終試験。このハイエースを運転してもらう。そして最期の関門、行き先はここ」


 付箋が貼られた道路地図帳を渡された。

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