49:不安な夜
クリスマスからお正月を迎えるまではあっという間で、気付いた時には年を越していた。
元旦の朝に目を覚ますと、枕元のスマートフォンには晴見くんからのメッセージが届いており、「明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願いいたします!」という、やけに元気な新年の挨拶を見て思わず笑ってしまった。
三が日の間、私は田舎の祖母の家で親戚たちと過ごしていたのだが、騒がしい従妹たちの相手をしている間も、頭の中では「早く晴見くんに会いたい」としか言っていなかった。
『早く会いたい』
何度も入力しては消す。その繰り返し。その度に溜息が漏れる。
会えない時間はとてつもなく長く感じるけれど、きっとその分会えた時の喜びが増大する。もうすぐ会えるのだから、その日を楽しみにしていよう。
そう思っていたのに──
祖母の家から帰って来た私は、晴見くんからの返信が一日以上無いことにやきもきとしていた。バイトがある日だって、その日の夜には必ず返信してくれていたのに。
もしかして、何かあったのだろうか。そんな不安が脳裏を掠める。
『晴見くん、大丈夫?』
耐え切れずにもう一度私からメッセージを送ったが、翌日になっても既読は付かない。
明日は年が明けてから初めて会う約束をしているのに、連絡が来ないなんておかしい。体調を崩したとか?それともスマホが壊れたとか?
あらゆる可能性を考えては、胸騒ぎが治まらなくて悶々とする。
晴見くんとの交際当初のことを思い返すと、あの頃は幸福を感じる一方で不安も感じていた。人の多い場所でデートした時、また晴見くんが誰かに傷付けられたり、誰かを傷付けてしまったらどうしよう、と内心では気が気でなかった。
けれど晴見くんは至って「普通」で、楽しそうに笑っている彼は理想的な彼氏にしか見えない。二人で幸せな時間を過ごしているうちに、いつの間にか不安など何処かへ消えてしまっていたはずなのに。
その不安が、今になって胸の中に影を落とし始めた。
明日のデート、どうなるんだろう。もし今日中に連絡が無かったら、家を訪ねてみようか。
明日は一緒に近所の神社にお参りをして、その後カラオケにでも行こうと話していたのに。
結局、晴見くんからの連絡が無いまま今日を終える──と思っていた矢先、晴見くんからメッセージが届いた。
その時、私は既に部屋の明かりを消してベッドで横になった後だったが、通知音を聞いて飛び起きた。
暗い部屋の中でスマートフォンの白い画面だけが異様に明るく光っている。
「……え?」
届いたメッセージを見て、私は一瞬、頭の中が真っ白になった。
そこにはこんなことが書かれていた。
『梓、返信がデート直前になってしまって本当にごめん。実は明日、行けなくなった。本当に申し訳ない。』
晴見くんからのメッセージには謝罪と結論しか書かれておらず、デートに行けなくなった理由が一切書かれていない。
『それは大丈夫だけど、何かあったの?』
既読はすぐに付き、しばらくすると新たなメッセージが届いた。
『実は、バイト先でちょっとトラブルがあったんだ。』
以下はその後の晴見くんの話をまとめた内容だ。
バイト先の居酒屋で新年会をしていた中年の男性客が、女性スタッフに対して言葉にするのも憚られるような質問を繰り返し、挙句の果てに彼女の身体に触れようとした。
晴見くんはその客と女性スタッフの間に割って入ったが、相手は酒を大量に飲んでいたこともあり、店内全体に響くほどの大声で、やれ接客態度が悪いだの客を舐めているだのと喚き散らした。
それでも、晴見くんはその後やって来た先輩スタッフと共に冷静に対応していたようだが、歯止めの効かなくなった男性客が机の上に酒瓶を振り下ろし、周辺に硝子の破片が飛び散った。
それがきっかけで少し酔いが冷め、動揺した男性客は「コイツが悪い」と言って晴見くんを指差す。それに対して晴見くんが冷静に言葉を返そうとしたところ、晴見くんが何か言うよりも先に男が彼に殴り掛かった。
何かの糸がぷつりと切れたのか、晴見くんは男の胸倉を掴むと、食べかけの料理やビールのグラスなどが乗ったテーブルの上に男の身体を叩きつけたが、男の方も晴見くんの髪を掴み、その場は乱闘状態と化す。
晴見くんも怪我を負ったが、途中からは晴見くんによる一方的な暴力で、その後先輩スタッフに二人係で止められたらしい。
今回の件は明らかに男性客側に非がある為、幸いなことに晴見くんが責任を問われることはなかったようだ。晴見くんの怪我も大したことはないが、現在は近くの総合病院に入院しているらしい。
だけど、私は晴見くんの精神面が何よりも心配だ。
きっと彼は今回のことで必要以上に自分を責めて、連絡が無かった間も一人で苦しんでいたに違いない。
『心配だから会いに行く』
そう送ったメッセージにはなかなか既読が付かない。
居ても立っても居られなくなり、私は寝間着から着替えてスマホとカバンを掴み取ると、階段を駆け下りて玄関へと向かった。
家を出ようとした時、母が現れてぎょっとした顔で私を見た。
「梓あんた、こんな時間にどこ行くの。そんなに慌てて……」
「晴見くんが……」
そう言った声はひどく震えていた。
「晴見くんが怪我をしたらしいの……桜葉病院に入院してるって……心配だから、会いに行かなきゃ……」
玄関の扉を開けようとした私の手を、母の手が掴んだ。
「ちょっと落ち着きなさい。こんな時間に行けないでしょ。電車も無いし。明日でも大丈夫なはずよ」
母の言葉で、私は自分が我を忘れていたことに気が付くことが出来た。
「そう……だね……」
私がそう言って扉を閉めると、母は小さく微笑んで私の背中をそっと撫でた。
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