41:可愛く笑えない

 高校生活で経験したい出来事は色々あると思うけれど、中でも「好きな人と一緒に文化祭を回る」ことは、誰しもが一度は憧れる青春イベントなのではないだろうか。

 晴見くんと一緒に文化祭を回りたいけれど、誘うことには未だに慣れない。晴見くんだって私を好きだと言ってくれたのだから、断られることを恐れる必要はない。自分でもそう思うけれど、メッセージの文面に悩んでいるうちに時間が経ってしまい、疲れ切って「明日送ろう」と逃げ腰な考えに至ってしまう。

 文化祭は明日だ。晴見くんだって中学時代の友達とか、別の人と回る約束をしているかもしれない。直前に誘っては迷惑だ。だけど、どうしても晴見くんと一緒に文化祭を回りたくて……

 私の願いが届いたのか、文化祭前日の夜に晴見くんからメッセージが届いた。

『明日、誰かと約束してなければ一緒に文化祭回りたいんだけどどうかな?』

 スマホのロック画面にそのメッセージを見た時は、あまりの嬉しさに柄にもなくガッツポーズをして飛び上がった。

『私も誘おうと思ってた』

 そう返した。


 


 文化祭当日は清々しい快晴で、残暑の熱気と肌寒い秋風が混ざり合い、屋外でも過ごしやすい一日となった。いつもより少し早い時間に登校すると、正門には花や星なのモチーフが描かれた華やかなアーチが設置され、校舎まで向かう道の両脇には様々な屋台が立ち並んでいる。昨日、下校した頃にはほとんどの準備が終わっていたはずなのに、たった一日の間に、通い慣れた学校がテーマパークにでも変わったかのように思われた。

 校舎内の壁には各クラスの出し物名が書かれた色鮮やかな看板が並び、教室内は昨日まで通常の授業が行われていたとは思えないほど様変わりしている。それは私のクラスも同様で、「メイド喫茶」と書かれたメニューボードの横を通って教室内に入ると、ピンク色の風船や、クリスマスに見かけるようなシルバーやゴールドのモールなどで装飾され、クラスメイト達がいなければ、ここが自分のクラスであるという実感が湧かないほどだ。


「あ、梓ちゃん!おはよ!」

 既にメイド服に着替えを済ませた小春ちゃんが振り返り、朝から華やかな笑顔を見せてくれる。小春ちゃんの周りにはメイド役の他の女子も何名か居て、みんな気恥ずかしそうに微笑み合ったりしていた。

「おはよう、小春ちゃん。もう着替えたのね」

「うん。梓ちゃんも早く着替えた方がいいよ。更衣室、混んでくるからね」

「え、ええ。なんだか更衣室で衣装に着替えるの、恥ずかしいわね」

 私がそう言って笑うと、小春ちゃんや他のメイド役の子たちも笑った。

「大丈夫だよ。今日はみんなコスプレみたいな衣装に着替えてるから」

 


 小春ちゃんの言った通り、更衣室では制服からカラフルなコスプレ衣装に着替える生徒が何名か見受けられた。単にブラウスから文化祭用のTシャツに着替えている生徒の方が多かったけれど。

 更衣室で着替える最中や、着替えを済ませて教室に戻る際、妙に視線を感じるような気がして恥ずかしかった。

 足早に教室へ戻ると既にほとんどのクラスメイトが集まっていて、開店の最終確認を行っている。

「あ、氷見谷さーん!こっち来て!」

 実行委員の女子に呼ばれて、メイド服の短いパニエを揺らしながら装飾過多な教室──いや、カフェの中を駆ける。自分がメイドとして接客を行う時間帯を確認し、文化祭の開始を告げる校内放送が鳴り止むと同時に、晴見くんは教室に姿を見せた。いつもと変わらぬ制服姿で、イヤホンを付けて。

 晴見くんは素早くシャツを脱ぐと、下に身に着けていた文化祭Tシャツが露わになった。シャツを鞄に押し込んだ後、視線を上げた晴見くんの目と私の目が合う。晴見くんは私に当惑する隙さえ与えず、にっこりと笑ってみせた。こういう時、同じように笑い返せる女の子だったらどれだけ良かっただろう。結局私は視線を逸らし、逃げるようにして小春ちゃんの居る方へ行ってしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る