30:リスナーさん、教えて

 過去の辛い経験によって、晴見くんは周りの人と深い関係を築くことを恐れているように見える。けれど、それは決して晴見くんが臆病だからではなくて、自分の所為で周りの人が傷付かないようにする為の優しさだ。

 そんな晴見くんの手を引いて、光の方へ一歩踏み出してもらうにはどうしたらいいか。

 考えた末、まず変わるべきは晴見くんではなく、彼の力になりたいと願う私自身なのだという結論に至った。

 けれど、具体的に「どう変わればいいのか」は今もよくわからないままだ。

 私は小春ちゃんと一緒に居る時、彼女の明るい笑顔や温かくて頼りがいのある言葉に沢山の勇気をもらった。

 だから小春ちゃんをお手本にして、まず最初に外見から彼女のように可愛くなれないものか……と、ファッション誌を捲ってみたはいいものの、道のりの険しさを痛感して思わずため息が漏れる。


 ファッション誌には「あざと可愛い垢抜けファッション&メイク」と大々的に記載されており、その下にはお人形のように可愛らしい顔立ちのモデルさんの写真がある。

 ここに載っているメイクや洋服はたしかに可愛いけれど、私のような可愛げのない女がこれを纏ったとして、「無理しちゃって」とか言われて嗤われたりはしないだろうか。そもそも、あざと可愛いとは……?

 一人で考えていても一向に道が開けないことに気付いた私は、気分転換も兼ねて久々に配信を行うことにした。


「みなさん、こんすふれ~!お久しぶりでーす!」

『すふれたん、待ってたよー!』

『こんすふれ~!久しぶり~!』

『こんすふれ~!』

 ここ最近は晴見くんのことを考えて悶々としてばかりいたから、時折SNS

SNSは更新していたものの、配信を行う気にはとてもなれずにいた。

 けれど、久しぶりの──それも急な配信にも関わらず、7人ほどが見てくれていることが嬉しい。

 この配信を晴見くんに見られはしまいかと少し心配はしたけれど、彼が「真白すふれ」の配信を見て喜んでくれるなら、寧ろ見に来てくれる方が断然嬉しい。だけど、「ましゅまろぽてと」──即ち晴見くんからのコメントはまだ来ていない。


「しばらく配信出来ていなくてごめんなさい!ちょっとバタバタしておりまして……」

『すふれたんのペースでいいよ~』

『無理しないで!』

 コメント欄の優しい言葉にちょっとだけ泣きそうになる。


「ありがとうございますっ。今日はみなさんに相談したいことがありまして……突然なんですけど、すふれ、垢抜けたいんですよ!あざと可愛く?なるにはどうしたらいいと思いますかー?」

『突然だな』

『急にどうしたん』

『今のままでも可愛い』

『さては好きな人でも出来たな』


「な……っ!!」

 思わず、すふれらしからぬ太い声が出た。何度か咳ばらいをして気を取り直す。

「ちょっともー、好きな人なんていないですよぉ……」

『さては前に話してた相合傘の男だな』

『同級生?先輩?後輩?』

『恋バナしてー』


 どうして真白すふれの──いや、中の人である私の恋愛事情がこうもリスナーに筒抜けになっているのだろう。私は頭を抱えた。同時に画面上のすふれも頭を抱える。

 この際、いっそのこと好きな人がいると認めて開き直った方がいいか?

 だけど、中の人の恋愛事情になど興味が無いリスナーもいるはずだ。あくまでも、真白すふれの雑談を楽しみに配信を見に来てくれているリスナー。その人たちが離れて行ってしまうのは、やはり寂しい。


「も、もー!好きな人の話は一旦置いといて!話を戻しますよ!あ、リスナーのみなさん的にはどんなタイプの女の子が好きですかー?」

『すふれたん』

『すふれたんみたいな明るい子』

『すふれたんしか』

 数えられるほどしかいないリスナーに愛されていることは嬉しいけれど、正直言って、全く以て参考にならない……


『すふれたんはすふれたんのままでいいじゃん』

『すふれたんみたいな子が学校とかにいたら絶対モテる』

 

 そもそも「真白すふれ」としての私と、風紀委員長の「氷見谷梓」としての私の性格は真逆だ。すふれとしてリスナーのみんなと話していると、なんだか自分が小春ちゃんになったかのように思えてくる。……なんて考えるのは、少しおこがましいかもしれないけれど。

 これが「垢抜け」や「あざと可愛い」なのかはわからない。恐らく違うような気がするけれど、私は出来る限り現実の世界──学校でも、すふれのように明るく振舞ってみようと思う。

 最初は難しいだろうし、恥ずかしさも感じるだろう。けれどそれは、自分を偽ることではないはずだ。だって「真白すふれ」はきっと、私の性格キャラクターの一部分なのだと思うから。

 

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