23:お願いは一つまで
「それで、なんで晴見がいるの……?」
怪訝な目で晴見くんを見る小春ちゃんに対して、晴見くんは穏やかな微笑を崩さない。
「ええっと、小春ちゃん、これには訳があって……その、晴見くんもVTuberとかそういうの好きだから、私が誘ったの!ごめんね、事前に伝えてなくって!」
「ふうん……まあ、私は別にいいけど……」
日曜日の午前十一時。私と小春ちゃん、そして晴見くんという、クラスメイトが偶然見かけたら誰であれ仰天するであろう異様なメンバーで、私たちは本日開催されるVTuberのイベント会場へと向かっていた。
夏休み前の猛暑日とはいえ、日曜日だからか電車の中は混雑しており、とてもじゃないが座れそうにない。晴見くん、私、小春ちゃんという並びで座席の前に立ち、電車が早くイベント会場の最寄り駅に辿り着いて、この微妙な空気が一刻も早く解消されることを願っていた。
それにしても、今日の小春ちゃん、いつにも増して可愛いなぁ……
今日は暑いからか、栗色の髪は後ろで束ねられていて涼しげだ。オレンジを基調とした淡いメイクにリボンがいくつか付いた水色のブラウス、黒色のミニスカートという組み合わせがなんとも夏らしい。
「ねえ、梓ちゃん、ほんとにいいの?」
小春ちゃんが私の耳元に顔を近付け、小声でそう言った。
「え?なにが?」
「だから、その……私がいてもいいのかってこと!」
「え!?」
予想外のことを言われて驚き、私は小春ちゃんと晴見くんの顔を交互に見た。
晴見くんは私たちの話している内容など気にしていない様子で、片手で吊り革を持ち、もう片方の手でスマホを操作している。恐らく、これから行くイベントの情報かなにかを調べているのだろう。
「も、もちろんいいに決まってるじゃない?寧ろいてほしいっていうか……」
晴見くんと二人、つまりデートなんて、今の私には刺激が強過ぎて心臓が保ちそうにない。
「えぇ、ほんとに?でも確実に私お邪魔なんじゃ……」
「そんなことない!私は三人で見て回りたいの!」
若干圧倒された様子の小春ちゃんは、躊躇いがちに頷いた。
「う、うん。わかった」
◇◆◇
今回、私たちが行くイベントは、VTuberの大手プロダクションが主催するかなり大きなイベントで、年に一度のペースで開催されている。会場では、今回のイベントでしか入手できない有名VTuberの限定グッズが多く販売される他、人気のあるVTuberをイメージしたフードやドリンク、屋台などが立ち並び、コスプレイヤーの撮影会やライブなども行われるそうだ。
去年までは一緒に行く人がおらず、かと言って一人で参加する勇気もなかったので会場の様子をSNSで見ることしか出来なかったが、実際に訪れてみて、会場全体に満ちた熱気や鳴り響く音楽、人々の楽しそうな笑顔や話し声に圧倒された。
「す、すごいね!」
「うん……すごい!」
小春ちゃんは大きな目を爛々と輝かせて、会場に着くなり彼女が好きなVTuberのグッズを求めて走り出しそうな勢いだ。かく言う私も、早く色々と見て回りたくて仕方がない。
私たち三人の中で、何度かこのイベントに参加している晴見くんだけが落ち着いていた。
「ねえ!梓ちゃん見て見て!『すーちゃん』のグッズいっぱいある!」
「ほんとだ!可愛い!」
因みに『すーちゃん』とは、小春ちゃんの『推し』の一人で『三日月すてら』という名前で活動でしている大人気VTuberのことだ。いつも元気で明るいところや、女の子らしい可愛い声は少し小春ちゃんに通ずる部分がある。
小春ちゃんが『すーちゃん』のグッズを選んでいる隣で、晴見くんもまた真剣な表情で店頭に並べられた商品を見ていた。
「晴見、『めるしぃ』好きなの?」
一応説明しておくと、『めるしぃ』も今をときめく人気VTuberの一人だ。
「ああ、うん。動画とか結構見てる」
「ほんとに!?あ、それじゃあ『すーちゃん』と『めるしぃ』のコラボ動画見た?」
「ああ、それなら見たよ。あれはほんとに笑った」
「だよね!あ、じゃあさ……」
三人でイベントに来ることになり、最初はどうなることかと不安だったけれど、二人とも楽しんでいるみたいで本当に良かった。
私は『すーちゃん』や『めるしぃ』の動画は正直あまり見ないから、盛り上がっている二人の話題にはなかなか入れないけれど、楽しそうな二人に対して嫉妬とか、そういった感情は一切湧いてこない。
なんだろう。休日に友達と遊びに来ることなんて、小学生以来ほとんど経験したことがなかったから、私はそれだけで最高に幸せなのだ。
『休日に遊ぶなんて、勉強時間が削られる』だの『友達なんて所詮は上辺だけの付き合いだ』だの、捻くれたことばかり言って独りぼっちな自分を納得させてきたけれど、今は二人とこうして一緒にいられることがたまらなく嬉しい。
「晴見と私、ほんとに好きなVTuberの趣味が合う気がする!あ、ねえ、『最推し』誰?やっぱ『めるしぃ』?それか『まりあ』?」
「そうだな。最推しは真白す──」
背後から晴見くんの口を慌てて抑えた。晴見くんの顔は私の頭よりも一つ分近く高いところにあるので、腕がぷるぷると震える。
「梓ちゃん?」
「な、なんでもないの!晴見くん、ちょっと来て!」
私は晴見くんの手を引き、小春ちゃんに私たちの話し声が聞こえないところまで連れて行った。
「晴見くん!私が『すふれ』だってこと、小春ちゃんには言わないで!」
「え、なんで」
「だから……前にも言ったじゃない。ほんとは晴見くんにもバレたくなかったんだから」
「そうなの?」
ああ、もう……まったく晴見くんときたら。
「わかった。氷見谷さんが言ってほしくないなら言わないでおく。その代わり、またお願い、聞いてくれる?」
そう言って笑う晴見くんの笑顔はなんだか少し妖しげで。けれど私は、いつもの穏やかな微笑みよりも、どうしてか彼が時折見せるこの悪い笑顔に惹かれてしまうのだ。
「も、もう聞かない!一個までだから!」
「ええ、それならもうちょっと悩めばよかったな」
照りつける日差しの暑さと会場の熱気、加えて身体の内側から来る熱でどうにかなってしまいそうだ。
「もう!小春ちゃんのところへ戻るわよ!」
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