21:勝手に絶望する

 近々開催されるVTuber関連のイベントに晴見くんを誘うと決めたはいいものの、一体どのようにして誘えばいいのか。

 そもそも私は友だちを遊びに誘ったことがないし(そりゃあ、幼稚園くらいの頃ならさすがに私にもあるけれど。『〇〇ちゃん、あそぼー!』みたいな。だけど何年前の話って感じよ)、ましてや好きな人を誘ったことなどあるはずがない。

 男女が休日に二人で出掛けるって、それは即ちデートってことでしょう?デートにはデートの誘い方があるものなの?

 つまり、『Let's go together!』だと少し幼な過ぎるような気がするから、『Would you like to go……』って、もう!わからない!そもそも何で英語?普通に日本語で誘い文句を考えようとしたら何がいいのかわからなくなって、一度英語に訳してみようと思ったんだっけ。逆に難しくなったけれど。

 かれこれベッドの上で一時間以上も悩み続け、頭も心も疲弊してしまって、半ばヤケになりつつスマホに文字を打ちつけた。


『今度VTuberのイベントがあるらしいんだけど、よかったら一緒に行きませんか』


 よし。これでいこう。あまり長々と書き連ねても、予定があった場合などに断りづらいだろうし……

 だけど、ちょっと待って。本当にこれでいいのか……

 いや、いい!これ以上考えるのは時間の無駄だ!送信!


 シュッ。……という音がして、私が考えた渾身の誘い文句が画面上に表示された。


 あああああああああ……やって(送って)しまった……

 だけど送ってしまったものは仕方がない。晴見くんから返信が来るまで、このことは忘れていよう。


「お姉ちゃん、ご飯できたって~」

 弟の葵が階段を上がってくる。

「今行く!」

 私はスマホをベッドに置き去りにし、部屋を後にした。




 これは私だけが感じている疑問なのかもしれないが、もし友達がいたら聞いてみたいことがある。

 お腹が痛い時に限って夕飯が自分の好物だったり、何かの予定があって『今日、晩ご飯いらない』と連絡を入れた時に限って、家族が何故かマ〇ドナルドを夕食にしていたり、出前を取ったりしている時がないだろうか。

 後者は家族からの地味な嫌がらせなのではないかと疑いたくなるが、私にはこういったことが時々起こる。

 何故か今日の夕食はすき焼きだった。

「牛肉が安かったのよ~。お母さんも久しぶりに食べたいなって思って」

「おお。今日はすき焼きか。葵、たくさん食べろよ」

「わーい!すき焼き!」

 すき焼きで盛り上がる能天気な家族を尻目に、私は口に入れた食べ物がなかなか喉を通らずに苦戦していた。


「あら、梓、どうしたの?早く食べないと、お肉全部葵に食べ尽くされちゃうわよ?」

「お姉ちゃん、食べないならほんとに貰うよ?」

「腹でも痛いのか?」

 突然小食になった私を、家族は不気味なものでも見るような目で見ていた。(っていうか、普段から食いしん坊キャラではない、はず)

 良い肉を前に、私の脳裏を過るのは晴見くんからの返信のことばかり。返信、返ってきているだろうか。返ってきていなかったら……というか返ってこなかったらどうしよう。だめだ、心臓も胃ももたない。

 というか、もし晴見くんと一緒に出掛けられることになったとして、いつものように何も躊躇することなく欲望のままに肉を喰らっていてもいいものなの?

 ……いいわけがない!


「……ご、ごちそうさま」

 食欲の無さそうな顔をして席を立ちながらも、実際は『すき焼きーー!!』と私の心が悔し涙を流していた。……いや、そんなに深刻なことでもないんだけれど。

 驚愕する家族の前を後にし、私は自室へと向かった。

 部屋の扉を閉め、珍獣でも発見したかのような動作でベッドの上にあるスマホにゆっくりと近付く。黒い画面を見つめ、深呼吸を一つ。

 人差し指でそっと触れると、ぱっと画面が灯った。……が、そこに彼からのメッセージは無い。

 その後、宿題をしようと机に向かってみても、読みかけの推理小説を開いてみても、スマホが気になって全く集中できない。私が気付かないうちに返信が返ってきていたのではないかと思い、数分前にチェックしたばかりのスマホに触れてみても、やはりそこには何も無い。

 

 ……ばかみたい。

 一人で浮かれて、勝手に返事を期待して、勝手に絶望する。

 

 もう、寝よう。

 そう思っていつもより早い時間に明かりを消してベッドに横になってみたはいいものの、こんな夜にすぐに眠れるはずもなくって。

 明日学校で晴見くんに会ったら、何て言ってやろうか。

『なんで返信返さないのよ!』とか?

『昨日送ったメッセージ見た?』とか?

 どれも違うような気がする。こういう時、他の女の子なら──小春ちゃんのような子ならどうするのだろうか。


 その時、枕元に置いたスマホがピコンと鳴った。

 恐る恐るスマホの画面をチェックすると、そこには一件の新着メッセージ。


『梓ちゃん、遅くにごめんね(>_<)

 今日は色々付き合ってくれてありがとうね!

 私、今まで梓ちゃんのこと誤解してたっていうか……今日は仲良くなれて嬉しかったよ!

 もしよかったらなんだけど、 このイベント今度一緒に行かない??』


 小春ちゃんが誘ってくれたイベントとは、私が晴見くんを誘ったVTuber関連のイベントと全く同じものだった。

 ……どうしてだろう。小春ちゃんはスカート丈の短い校則違反者ではあるけれど、明るくて話しやすくて、こんなに頭の固い私にも他の人と変わらずに接してくれるすごく優しい人だ。

 それなのに、小春ちゃんからのメッセージを見た時、どうしてか完全に喜ぶことができなかった。

 こんな自分が大嫌いだ。

 恋愛は自分の時間や友人との時間を犠牲にしてまで、優先すべきことではない。……少なくとも私にとっては。


 私は小春ちゃんにメッセージを返した。

『こちらこそありがとう。

 私も行きたいと思っていたイベントだから、ぜひ一緒に行きましょう』

 

 



 

 

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