20 : 一緒に行きたい
多くの女性客で賑わうコスメ売り場を小春ちゃんと一緒に歩いていると、私は氷見谷梓ではない、別の女子高生になったかのような錯覚を覚えた。
「ほら、これとかも良いんじゃない?梓ちゃんは肌が白くてブルベだから、こういう青みがかかったピンクが似合うと思うよ!えっ、待って!これも絶対似合う!あ、そうだ!今度私にメイクさせてよ!」
つい先ほどまで私たちはほとんど会話が続かなかったが、一緒にコスメを見始めてからというもの、小春ちゃんは急に沢山喋るようになったし、やけに楽しそうだ。
「ち、ちょっと待って。あの……ブルベってなに?」
小春ちゃんは怪訝な目で私を見ると、呆れた様子で溜息を吐いた。
「ブルーベースのことだよ。聞いたことない?ブルベとかイエベとか。肌の色とか顔のタイプによって似合う色が違うんだよ。だから、自分に合う色味を選んだ方が垢抜けるんだよ」
「へ、へえ……そうなのね……」
とは言ったものの、正直まだよくわかっていない。
「つまり小春ちゃんが言いたいのは、例えば同じピンク色でもその種類は様々で、肌が白い私は青っぽいピンクの方が似合うから、そういうものを選んだ方が見た目が良くなるってこと?」
小春ちゃんは珍妙なものでも見るような顔をした後、急に笑い出した。
「あははっ、多分そういうこと!」
コスメ売り場では、小春ちゃんにお勧めしてもらった『青みがかかったピンク色』のリップを一つ購入した。学校がある時も休みの日も関係なく、いつもは軽く眉を整えて薬用のリップクリームを塗るくらいしかしてこなかったけれど、今日買ったリップを使うのが楽しみだ。ラメが入っていてきらきらと光るので、学校には付けて行けないけれど。
コスメ売り場を出た後、同じ施設内にあるレディースファッションのコーナーを一緒に見て回った。今日はリップを購入したので洋服は買わなかったけれど、涼やかで可愛らしい夏物のアイテムには目を惹かれた。
私はこれまで服なんて何でもいいと思っていて、休みの日は母が買ってきたものや近所のイ〇ンで適当に選んだものを着ていたが、流行りのファッションを見ていると、そんな自分が急激に恥ずかしくなった。
小春ちゃんはコスメ売り場を見ていた時と同様に、「可愛い~!」という言葉を連呼した。今日だけで小春ちゃんは何回「可愛い」と言っただろう。
一通りレディースファッションのコーナーを見て回った後、帰るのかと思いきや、小春ちゃんがこんなことを言い出した。
「ちょっと寄って行きたい所があるんだけど……」
母には今日は遅くなると事前に伝えているし、私は頷いて小春ちゃんに同行した。
小春ちゃんの目当ての場所は、レディースファッションコーナーの一つ上の階にあった。
その場所に着いて、私は色々な意味で驚愕した。
「可愛い~!あ、これ欲しかったやつだ!」
小春ちゃんはガチャガチャの前に躊躇なく屈み込むので、ミニスカートの中が見えそうになる。私は彼女を隠すように背後に立った。
小春ちゃんの目当ての場所とはアニメのグッズやフィギュアなどが置いてあるホビーショップで、なんと小春ちゃんはこの店にある有名VTuberのガチャガチャが回したかったらしい。
がこん、という音がしてレモン色のカプセルが出てくる。小春ちゃんは華奢な両手でカプセルを開けると、中に入っていたラバーキーホルダーを一目見た途端、蝶のように跳ね上がった。
「待って!うそ、待って!どうしよう!」
「それは……欲しいやつだったの?」
小春ちゃんは嬉しそうにコクコクと何度も頷いた。
「えっ、ヤバい超嬉しいんだけど!一回目で一番欲しかったやつが出た!」
そう言って無邪気に笑う小春ちゃんはとても可愛らしいが、その異様なまでの喜び様は正しくオタクのそれだ。
「よかったわね。でも……なんていうか、ちょっと意外ね」
まさか小春ちゃんがVTuberが好きだとは思わなかった。
「幼馴染み以外には誰にも言ってないんだけどね」
小春ちゃんは独り言のように呟くと、口元にニマニマと笑みを浮かべながらキーホルダーに視線を移した。
幼馴染み以外にはVTuberが好きだと誰にも言っていないのに、どうして私には知られてもいいと思ったのだろう。まさか、私自身がVTuberであることを知っているわけじゃあるまいし……知らないわよね?
「あの……実は私も、VTuber好きでよく動画見るの」
私がそう言うと、小春ちゃんは大きな目を更に見開いて驚いた。
「え!?そうだったの!?意外!でも嬉しい~!周りにこういう話できる人、全然いないからさ!あ、梓ちゃん連絡先交換しよ!」
小春ちゃんのスマホには透明なケースの内側にK-POPアイドルの写真やら大人気キャラクターのシールやら、色々挟まれていたが、その傍らに彼女がガチャガチャで引き当てたVTuberも静かに佇んでいた。
私は小春ちゃんと連絡先を交換した。
今日の昼休み、スカートの丈を注意した時はあんなにも嫌そうな顔をしていたのに、今の彼女の笑顔は本当に同一人物なのかと疑いたくなるくらいだ。今日の放課後だけで随分と距離が縮まった。
「あ、これ行こうと思ってるやつだ!」
小春ちゃんが壁に貼られたポスターを指してそう言った。
それは近日この近くで開催されるVTuberのイベントのポスターだった。かなり大きなイベントらしく、SNSでも大々的に告知されていたので私も行く予定でいたが、この時ある考えが頭の中に思い浮かんだ。
このイベントに晴見くんを誘って一緒に行きたい。
だけど、その為には晴見くんに連絡先を聞かなきゃいけない。
どうしたものかと考えていると、隣にいる小春ちゃんがスマホを操作しながら言った。
「あ、そうだ。ちょっと前にうちのクラスのグループトークが出来たんだけど、梓ちゃんも招待しとくね」
スマホを確認してみると、既に半数以上のクラスメイトがそのグループに参加していて、その中には『Soushi』という名前──晴見くんの名前もあった。
というか彼のアイコンを見て、私は思わず笑ってしまいそうになった。彼のアイコンは、すふれだったのだ。
「梓ちゃん、なにニヤついてんの?」
喜びが隠し切れなかったらしい。
「なんでもない」
そうは言ったものの、まだ口元が自然と笑ってしまう。
私は決めた。私は絶対に、このイベントに晴見くんを誘う。
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