17 : すふれになりたい

 七月。ただでさえ暑いというのに、晴見くんのことを考えるだけで私の体温はいくらか上昇しているような気がする。

 晴見くんのことを考えなければいいのだけれど、シロクマ効果とかいうやつだろうか──考えないようにしようと思えば思うほど、彼の言葉や笑った顔を無意識に思い浮かべてしまう。


「みなさん、こんすふれ~!真白すふれです!ちょっと久々の配信ですけど、お元気にしてましたか~?」

『こんすふれ~!元気だよー!』

『こんすふれ~!すふれたんお久!』

『こんすふれ~!かわいい』


「最近ほんっとに暑いですよね。もう夏本番!って感じで。この前ね、同級生が熱を出して学校を休んでたから、学校帰りにお見舞いに行こうと思ってその子の家に寄ったんですよ。そしたら、それだけでもう汗ダラダラになっちゃって!」

『優しすぎない?』

『優しい』

『同級生=好きな人?』


「なっ!」

 思わず変な声が出た。

 リスナー、エスパーなのか?

 初夏の異常な暑さについて、オープニングトークのつもりで軽く話し始めたつもりが、図星をつかれてドキッとした。

 VTuberの思考まで読み取るシステムとか開発されてたりしないよね……?と、ちょっと怖くなった。


「そっ、そんなワケないですよ~!友達!そう、友達のお見舞いに行ったんです!

 少し前に、台風並みの大雨の日があったじゃないですか。その時、その子の傘に入れてもらったんですよ。それで風邪引いちゃったんゃないかなーって、ちょっと心配になっただけなんですから……アハハ……」

『友達男?』

『相合傘だ』

『絶対好きだ』


「だ、だから好きとかじゃないですって~!ほんとに!もうこの話終わりにしましょう!そういえばこの前……」

 半ば強引に話題を変えたが、その後もしばらくは晴見くんのことが頭から離れなかった。『ましゅぽて』からのコメントがまだ来ていないことが、余計に私を悶々とさせた。

 私は病気かもしれない。学校にいる時も家にいる時も、配信中でさえ晴見くんのことばかり考えてしまう。晴見くんに好きな女の子はいないのか、晴見くんのことを好きな女の子は私以外にいないのか、いつだって気になって仕方ないのだ。

 晴見くんの恋人になれたとしたら、この病気は緩和するだろうか。

 晴見くんの恋人になるには……現実の世界でも真白すふれのように女の子らしく振舞って、彼に振り向いてもらうしかないのだろう。



◇◆◇



 制服が夏服に変わり、暑さの所為もあってか生徒たちの服装が乱れ始める。もはやこの時期の恒例行事の一つと言っていいかもしれない。

 男子の中には第三……いや、第四ボタンまでシャツを開襟したり、『腰パン』に拍車がかかって見るに堪えない装いになっている者もいる。一方、女子はというと、下着が見えそうなほどにスカート丈が短くなる。

 毎度のことだが、本当にこの学校は県内有数の名門校なのかと首を傾げたくなる。


 昼休み中の委員会室で、私は左腕に『風紀委員長』の腕章を装着し、集まった委員会メンバーたちを見回した。

「当たり前のことだけど一応言っておきます。いくら暑いからといって露出をしていいことにはならないわ。それは校内であっても校外であっても同じこと。この学校の生徒として恥ずかしくない装いを心掛けるよう、意識を促してください。三回違反した生徒は、生徒指導の鬼頭先生に報告をお願いします」

「「「はい!」」」


 校則違反者を摘発すべく、逃〇中のハンターの如く校内に散らばっていく委員会メンバーたち。私は一番最後に教室を出たが、五分も経たないうちに違反者を見つけてしまった。

 シャツを仰ぎながら歩く同学年の男子二人組は私に気付く様子も見せず、ゲラゲラと笑いながら廊下を歩いている。一人はピアス(それも軟骨!)、もう一人は明らかに髪を茶色に染めていた。


「ちょっと、あなたたち!」

 男子二人組が振り返った瞬間、私を見て見るからに嫌そうな顔をした。走って逃げられないだけまだマシだ。

「あーごめんなさいキヲツケマス」

「まだ何も言ってないわよ。松田くん、少し前にも注意したよね?ピアス外してって。あと一回注意されたら生徒指導室行きだからね?わかってる?」

「わかってるって!ってか授業中は外してるからいいだろ?」

「いいワケないでしょ。あなたも、その髪色はなに?明らかに地毛じゃないようだけど。クラスと名前を言ってくれる?」

「ヤマモトシンゴ。三組」

「やまもと……しんご君ね。ちゃんと染め直してくるように」


 私は言いながら、違反者を記入する台帳に彼の名前を書き入れようとした。その時、もう一人の生徒──松田くんが笑いを堪え切れずに吹き出した。

「……くっ、ははっ。いいんちょ、こいつヤマモトじゃねーから」

「ちょっ、お前!言うなって!」

 私が台帳から視線を上げると、彼ら二人の顔から一瞬にして笑いが消え、凍りついたかのように動かなくなった。


 気付かない私が馬鹿だった。ヤマモトシンゴくんとは、一年時のクラスが同じだった。彼は晴見くん以上に目立たない真面目な男子生徒だ。『ヤマモトシンゴ』という名前はよくありそうな名前ではあるけれど、学年内に同姓同名が二人もいる確率は少ないだろう。


「生徒手帳を見せなさい」

 ヤマモトシンゴと名乗った男子を睥睨しつつそう言うと、彼は怯えた様子でふるふると首を横に振った。

「も、持ってない」

「生徒手帳は常に携帯しておくようにっていう校則もあるんだけどね。……まあ、それはいいわ。本当の名前を言ってくれる?」

「……し、清水なおや」

「清水なおやくんね……」


 私は書きかけた『ヤマモト』の文字に斜線を引き、『シミズ』に書き換えた。

 私を騙そうとしただけでも許せないが、真面目に校則を守っている男子を巻き込もうとしたことはもっと許せない。何か言ってやらないと気が済まない。


「大体ねぇ……」

 そこまで言って、何故かこのタイミングで頭の中に晴見くんの顔が思い浮かんだ。

 松田くんと清水くんは、気味悪そうに私の顔と互いの顔を交互に見た。

 これまでの私なら、相手がもうルールを破ることがないようにキツい言葉を使って注意することがあった。松田くんのような校則違反常習者や、清水くんのように私を欺こうとする生徒が相手なら尚更だ。

 けれど、私は自分を変えたいと思ったのだ。すふれのように女の子らしくなって、晴見くんに『氷見谷梓』を好きになってもらいたい──と。


「……つ、次から気を付けるのよ」

 私はそれだけ言って、そそくさとその場を後にした。

 本当はまだ腹の虫が治まっていないけれど、こんな時すふれならキツいことを言ったりせずに、改心するよう優しい言葉でお願いをするはずだ。だけど、今の私にはまだそんなことは出来そうにない。


 背後で松田くんと清水くんの話す声が聞こえた。

「氷結、なんか……大人しくなった?」

「俺も思った……なんか、逆にちょっと怖えけどな」

 

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